ローカルM&Aマガジン

M&A直前に“未払い残業代”が発覚!?――ディール破談を防ぐために知っておくべきリスクと対応策

投稿日:2026年1月28日

[著]:小川 潤也

M&Aの交渉が順調に進んでいるように見えても、労務デューデリジェンス(労務DD)で未払い残業代の問題が発覚した瞬間、ディールが頓挫してしまう――そんなケースが近年増えています。

2025年10月に実施された賃金制度改正を背景に、残業代計算や労務管理の不備が買い手側の懸念材料となることも少なくありません。

本記事では、M&Aで重要になる「未払い残業代リスク」を実際のトラブル例とともに解説し、事前対応や改善策まで具体的にご説明します。

◆M&Aでは「残業代未払い」が致命傷になる?

M&Aの現場で重視されるのが、労務デューデリジェンス(労務DD)です。財務・税務に並んで、労務関係のリスクも売り手企業の価値や買収価格に大きな影響を与えます。

M&Aにおけるデューデリジェンス全体の考え方や進め方について詳しくは、下記の記事もあわせてご参照ください。

「M&Aの最終試練!デューデリジェンスの切り抜け方」
https://www.kizuna-corp.com/column/ma_dd/

特に「未払い残業代」は、労働者側からの請求リスクや訴訟リスクが高く、買い手企業が交渉の途中で重大な懸念を抱く原因になります。

労務DDでチェックされる主な項目
・残業時間の記録方法
・未払い残業代の可能性の有無
・就業規則と実際の運用との齟齬
・36協定内に残業が収まっているか

買い手側がこうした項目を精査した結果、残業代が支払われていること。また、それが36協定の範囲内であることが重要です。
残業の管理がきちんと行われており、就業規則の賃金規定の通り、運用されていることがわかれば、問題ありません。

しかし、未払い残業はどのように発覚するのか。それは従業員からの指摘で発覚することが多いです。
例えば、タイムカードを打刻して、その後、また仕事を再開し、俗にいうサービス残業です。それをタイムカードとは別に記録して、後に提出してくる方がいれば、未払い残業の発覚となります。そうなると、その分は対象会社の責任の下、支払う責任があります。

このように、残業代未払いはM&Aにとって契約成立前の“爆弾”となり得るのです。

「M&Aの注意点は?――ネガティブな情報こそ、隠してはならない!」
https://www.kizuna-corp.com/column/reveal/

◆2025年10月の最低賃金引き上げと企業への影響は?

2025年10月から、法改正により最低賃金が引き上げられました。この変更は単に「時給のラインが上がる」という話に留まらず、残業代計算の基礎賃金にも影響する可能性があります。

たとえば、残業代の計算に用いられる基礎賃金(通常は時間給×1.25)について、最低賃金改正後の取り扱いが不明確なまま運用している企業もあります。結果として、計算自体が法令に適合しないケースも散見されています。

中小企業では、

・時給制と月給制の扱いの違い
・固定残業代制度の適用ミス
・手当を残業代に含めて計算してしまう誤解

など、誤った残業代の計算方法が温存されたまま放置されていることもあります。

「うちは残業代をちゃんと払っている」と安心していた企業でも、実際には法令違反とされる計算方法を続けていた――そんな事例が、M&Aの現場で発覚することもあるのです。

◆なぜ「未払い残業代」は生まれるのか?

労務DDで問題になる残業代未払いは、単なるルール違反や怠慢だけではなく、労務管理の構造的な問題によって生じることが多いものです。

●固定残業代の誤解
「固定残業代=残業代込み」と認識している企業が多いのですが、法律上は以下の要件が必要です。

・固定残業代の対象範囲を明示した就業規則
・固定残業時間と賃金の合理性

これらが満たされていないと、固定残業代は“みなし残業代”として認められず、結果的に未払いとみなされる可能性があります。

●タイムカードや勤怠管理の運用不備
勤怠管理がアナログで“申請制”になっているケースや、打刻漏れがそのままになっているケースでは、残業時間の実態を正確に把握できません。そのため、実際の労働時間をもとに計算した残業代が支払われていないことが後から発覚しやすくなります。

●「大手だから問題ない」という思い込み
よくある誤解として、「これだけ長くやっている会社だから、残業代の計算方法は正しいはずだ」という思い込みがあります。しかし、長年の慣習的な運用が実は法令違反であり、労務DDで指摘されて初めて問題になるケースもあります。

このように、自社の労務管理が本当に適法かを見直すことが肝要です。

◆ディール直前の“爆弾”をどう回避するか?

M&Aでは、未払い残業代リスクを売却側で事前にケアすることが不可欠です。

●社労士等の専門家による事前診断!
M&Aを意識した段階で、社労士や労務コンサルタントによる労務健全性の診断を受けることが最も効果的です。未払い残業代の疑義があれば、その計算方法の見直しや勤怠管理の整備を進められます。

●自主的な改善の推進!
発覚した未払い残業代については、遡及処理と是正計画を立て、関係者に説明できる体制を整えましょう。
M&Aの交渉相手に対しても、改善策を示すことで信頼性を高めることができます。

●社員との信頼関係構築!
未払い残業代が問題化する背景には、労務管理の不備だけでなく、社員の声や不満が放置されているケースが多いことも事実です。M&Aは企業文化の統合でもあるため、労務健全化を進めることは買い手企業にとっての安心材料になります。

◆まとめ――「M&Aしたい」なら、まず足元の整備から!

M&Aを成功させるためには、財務や税務のチェックに目がいきがちですが、労務リスクの把握と対応も同様に重要です。未払い残業代が発覚すれば、企業価値や交渉力に直結しますし、場合によってはディールの破談につながるリスクもあります。

これらのリスクは、決して他人事ではありません。M&Aにおいては、「制度対応」や「支援の整備」だけで済ませるのではなく、日常的な労務管理の見直しと改善を積み重ねることが最大の予防策です。

未払い残業代リスクの把握・対処は、コスト負担の軽減策でもありますし、将来の事業承継や売却の選択肢を増やすうえでの基盤強化でもあります。まずは自社の労務管理から見直していきましょう。

そのほかのM%Aの失敗ポイントについて、詳しくは下記の記事もぜひご参照ください。

「M&Aの失敗事例ご紹介! 経営者がM&Aを途中で辞めてしまう理由とは」
https://www.kizuna-corp.com/column/failures-2/

「中小企業のM&Aが失敗する7つの理由と、成功の秘訣を解説!」
https://www.kizuna-corp.com/column/seven_reasons/

著者

小川 潤也

株式会社絆コーポレーション
代表取締役

1975年新潟県新潟市(旧巻町)生まれ。株式会社絆コーポレーション代表取締役社長。大学卒業後、株式会社富士銀行(現・みずほ銀行)入行。法人担当として融資、事業再生、M&Aなどの総合金融サービスを手がける。2004年、医療介護の人材サービスを手がける株式会社ケアスタッフの代表取締役に就任。また銀行勤務時代に培った新規取引先の開拓やM&Aでの経験を生かし、地方都市の後継者不在、事業承継ニーズに応えるべく、株式会社絆コーポレーションを設立。M&Aアドバイザリー事業、スペシャリストの人材紹介事業を展開。著書に『継がない子、残したい親のM&A戦略』(幻冬舎)がある。
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