ローカルM&Aマガジン

地方製造業のM&A最前線――「技術と人」という貴重な資産を未来に残すためにできることは?

投稿日:2025年10月20日

[著]:小川 潤也

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長年、日本の産業を支えてきた地方の中小製造業。しかし、今その多くが、経営者の高齢化や設備の老朽化、慢性的な人材不足に直面しています。

特に地方では、後継者不在によって「技術と人材」が消えていくケースが後を絶ちません。

本記事では現場の視点から、地方製造業が生き残るための選択肢として、そして「技術を未来に残す」ための戦略としてのM&Aの可能性を探ります。

経営者高齢化と設備老朽化が進む! 地方製造業の最前線

「20年前に購入した機械を、今もだましだまし使っている」
「経理や営業のすべてを、70代の社長がひとりで担っている」

私たちが現場で耳にするのは、こうした「ギリギリの経営」の実情です。

地方の中小製造業においては、業績そのものが大きく悪化していないにもかかわらず、「設備投資に踏み切れない」「人を雇えない」「後継者がいない」といった理由で、将来に希望を見いだせなくなるケースが多く見られます。

特に問題となるのが、設備の老朽化と借入金の負担。技術的には十分通用していても、「この先10年、設備を更新しながら人材を育て続けられるのか?」と考えたとき、多くの経営者が「撤退」や「第三者承継」を視野に入れ始めています。

★地方企業のM&Aの特徴や動向については、下記の記事もあわせてご参照ください。
「中小企業M&Aのリアル! ――現状から目的、具体的な手法まで徹底解説」
参照:https://www.kizuna-corp.com/column/small_ma_aim_method/

親会社・取引先の都合に左右される「構造的な弱さ」とは?

また、中小の製造業には「自社努力ではどうにもならないリスク」が存在します。

たとえば、元請け先の大手メーカーの経営判断や大口取引先の方針変更によって、突然受注が激減するようなケース。今期の業績は黒字でも、来期以降の見通しが立たなくなり、「その会社に頼ってきた」こと自体がリスクとなるのです。

ある地場の金型製造会社では、主要な納品先だった自動車メーカーの方針転換により、長年続いた取引が来期以降なほぼゼロに。技術力があっても新たな販路を見つけられず、やむなくM&Aを模索することになりました。

こうした構造的な弱さは、地方企業ほど深刻です。大都市に比べて営業網や技術者ネットワークが乏しく、環境変化に対応しづらいため、経営者の「早めの判断」が生死を分けるケースも少なくありません。

★M&Aを決断するベストなタイミングについては、下記の記事もあわせてご参照ください。
「M&Aのベストタイミングはいつ? ――50代経営者が“成長のピーク”で売却する理由とは」
参照:https://www.kizuna-corp.com/column/best_timing/

「ゼロゼロ融資」の返済が、製造業M&Aを加速させている!

2020年以降、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて、多くの中小企業が「ゼロゼロ融資(実質無利子・無担保融資)」を活用しました。製造業も例外ではなく、一時的な資金繰りのために多額の借り入れを行った企業が数多く存在します。

当時は緊急避難的な意味合いで活用されたこの制度ですが、返済猶予期間が終わり、元本の返済が本格化している現在、その負担が経営に重くのしかかりはじめています。

特に、設備投資に資金を回せていない企業や、営業努力をしても受注が戻らない企業では、「いよいよ返済が始まるが、見通しが立たない」と悩む声が急増。金融機関との関係性にも変化が生まれ、「融資の返済を待ってもらっている、リスケして、経営改善フェーズ」から「事業を譲渡して一括返済する、事業再生M&A」へと、再建フェーズに入るべきかどうかの判断を迫られる場面も増えています。

こうした状況の中、コロナ融資の返済がきっかけとなって、M&Aという選択肢を前向きに検討する企業が少なくありません。実際、絆コーポレーションへの相談でも、「ゼロゼロ融資の返済タイミングに合わせて事業承継を進めたい」といった声が多くなっています。

M&Aというと、成長戦略の一環として語られることも多いですが、現在の地方製造業においては、「持続可能なかたちで撤退・承継するための手段」としての意味合いが強まっています。

ポイントは「技術」と「人材」にアリ!――ある製造業のM&A成功事例に学ぶ

一方で、「技術」と「人材」を次世代に引き継いだ好例もあります。

ある地方都市でニット製品のOEMを手がけていたある製造業者では、経営者が高齢で、後継者不在が深刻な課題となっていました。設備更新が進んでおらず、現状のままでは数年以内に廃業の可能性が高い状態でした。

しかし、M&Aを通じて関東圏の若手経営者が事業を承継。
引き継ぎの大きな決め手となったのは、「社内に若い営業できる人材がいたこと」と「工場が比較的新しく、他のエリアから移転して、使えそうなこと」でした。

買い手は、ニット製品のOEMビジネスをすでに手がけており、製造拠点の確保とともに、熟練の技術と地域ネットワークの維持に大きな価値を感じていたのです。

M&A後も、旧来の従業員はそのまま雇用継続され、新体制のもとで事業は拡大路線へと舵を切ることができました。

★ほか、製造業M&Aの成功事例は、下記の記事もあわせてご参照ください。
「地元で愛される「ガラス店」を、まったくの異業種出身の後継者に承継!――異例ずくめのM&A成功談」
参照:https://www.kizuna-corp.com/column/glass/

「日本の技術」は、もはや幻想?――中国企業との競争が突きつける現実

子会社の事業譲渡で選択と集中を実現!

「うちの技術は、日本ならではの品質で他社には真似できない」
そう信じてきた中小企業の多くが、ここ数年で直面しているのが、「価格競争」の厳しさです。

中国をはじめとする海外企業の技術水準は年々向上しており、かつては日本の専売特許と思われていた加工技術や品質も、今や短期間で代替可能になってきています。
しかも、価格は日本の半分以下。発注元にとっては、「納期と価格が合えば中国製で十分」という判断になることも珍しくありません。

「日本の技術は高いが優れている」という“幻想”が崩れた今、本当に守るべきは、「技術そのもの」ではなく、それを使いこなせる「人材」であり「現場」なのです。

まとめ――終わりを見据えてこそ、「技術と人」は未来に残る

M&Aは「事業を手放すこと」ではなく、「技術と人を未来につなげる選択肢」として考えるべきです。

たとえば、技術を教えられるベテラン社員が健在なうちに、次の経営体制へバトンを渡す。あるいは、地域に根差した従業員の雇用を守るために、資本力のある企業に承継する。

いずれにせよ、すべては「終わりを見据えた準備」から始まります。

手遅れになる前に、自社の「技術」や「人材」、そして「現場」が本当に残る道を探ること。それこそが、これからの製造業に求められる「経営判断」なのかもしれません。

★製造業のM&Aの特徴については、下記の記事もあわせてご参照ください。
「製造業の事業承継・M&A!特徴と最新のトレンドを解説」
参照:https://www.kizuna-corp.com/column/manufacturing_industry/

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著者

小川 潤也

株式会社絆コーポレーション
代表取締役

1975年新潟県新潟市(旧巻町)生まれ。株式会社絆コーポレーション代表取締役社長。大学卒業後、株式会社富士銀行(現・みずほ銀行)入行。法人担当として融資、事業再生、M&Aなどの総合金融サービスを手がける。2004年、医療介護の人材サービスを手がける株式会社ケアスタッフの代表取締役に就任。また銀行勤務時代に培った新規取引先の開拓やM&Aでの経験を生かし、地方都市の後継者不在、事業承継ニーズに応えるべく、株式会社絆コーポレーションを設立。M&Aアドバイザリー事業、スペシャリストの人材紹介事業を展開。著書に『継がない子、残したい親のM&A戦略』(幻冬舎)がある。
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