ローカルM&Aマガジン

M&Aで買い手から「従業員面談をしたい」 と言われたときの、売り手のベストな対応は?

[著]:小川 潤也

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「従業員と面談したいのですが……」――M&Aの交渉を進めていると、買い手の社長からそう切り出されることがあります。

買い手の社長からすれば、相手企業の従業員についてできるだけ詳しく知りたいのは当然です。

そんなとき、売り手の社長は、どのように対応すればいいのでしょうか? 対処法のポイントを解説します。

事前に従業員面談をめぐる買い手の思惑と、売り手の懸念とは?

買い手の社長からすれば、自分が買う会社の「人・モノ・金」について詳しく知りたいのは当然です。

このうち「人」に関しては、経営者とのやり取りや書類などで各部署の人員構成などは把握できても、「人となり」「考え方」「スキル」などは、実際に会って話してみなければわからい部分が多い。このため、当社がM&Aを仲介する際にも、買い手側から「従業員と面談したい」というご要望を受けるケースが意外と多いものです。
問題はいつ、だれと面談をするのかという点です。

買い手の社長が買収先の従業員と面談する目的は主に3つあります。

1.買収後の従業員の離職を防止するため

自社にないスキルを取り込めることを期待して買収したにもかかわらず、従業員が辞めてしまってはM&Aのメリットが激減してしまいます。

2.買収先のキーマンを把握するため

「企業は人」とはよくいわれる言葉。とりわけサービス業や流通業は人ありきです。たとえば介護事業ならスタッフを束ねるマネジャーと会いたいと考える買い手の社長もいます。製造業でも、工場長などのキーマンに会っておきたいと考えるでしょう。「実は副工場長がやり手で部下からの信頼も厚く、実質的キーマンだった」という裏事情が見えてくることもあります。

3.従業員の能力やスキルを確認するため

面談でスキルを把握すれば、買収後の人員配置の最適化を検討する材料になります。

ただし、売り手の社長が買い手による事前面談を避けたがるケースもあります。というのも、買い手の社長に従業員を会わせた結果、途中でなんらかの事情でその候補先とのM&Aが中止になったとき、「M&Aで社長が代わる。」という不安を面談した従業員が感じてしまうという恐れと面談した従業員が他の漏らすかもしれないという恐れ。しかし、売り手側が従業員面談を頑なに断ると、交渉が決裂してしまうリスクもあります。

だから、まずはキーマンとの面談。この人を押さえておけば、事業はまわっていくというキーマンとの面談をして、判断いただくことになります。それが重要ですし、基本的には基本合意後をお勧めしております。

基本合意後、DD(デューデリジェンス)で従業員と面談を希望する買い手候補・・・

基本合意後、従業員に会いたいと希望する買い手候補の社長もいます。それはリスクヘッジという観点ではわからなくもないですが、やや自分勝手な要求です。「社員がどんな人わからないと判断しようがない」というのが主張ですが、会社の業績と組織、経営のやり方をみて、従業員がどのような役割を担っているかは把握できます。まだ、買収すると決まる前から従業員との面談はいくらなんでも乱暴です。ですので、せめて、キーマンとの面談で判断してもらいたいとお伝えします。

キーマン:社長の右腕レベルの幹部との面談は、基本合意契約の締結後、従業員とは最終契約後というのが、王道です。

売り手は隠しごとをしてはいけない

買い手は、従業員面談を断られたら「何か後ろめたいことがあるのでは……?」と疑心暗鬼になりかねません。当社が関わった事例では、買い手から「従業員のキーマンとの面談」を希望されて、売り手が「最終契約後でないと情報漏洩のリスクがある」と頑なに拒んで交渉が決裂したことがありました。

それぞれの言い分はありますが、せめて、売り手側もリスクをとって、キーマンにはお会いいただくようにしないと交渉も前にすすみません。

人ではなく、モノですら破談の原因になるのです。売り手は、M&Aを成立させるためには、隠しごとをしないのが肝要です。

買い手から「キーマンや従業員の主要な方と面談をしたい」と言われたら、誠意をもってリスクがあることをあらかじめ伝えて、それをいかにヘッジできるかを相談し、できる範囲で応じる方がいいと思います。売り手は、自社の情報を開示すればするほどM&Aが成功しやすくなります。

この点について、詳しくは過去記事『M&Aの注意点は?――ネガティブな情報こそ、隠してはならない!』もご参照ください。
https://www.kizuna-corp.com/column/reveal/

売り手が従業員に面談することで、離職を防げる可能性もある

「買い手による従業員面談」だけでなく、「売り手が自社の従業員に対する面談」を実施するケースも少なくありません。

従業員はM&Aによって「解雇されるのでは?」「給与などの条件が下がるのでは?」「経営者が変わって業務が変わるのでは?」など、さまざまな不安を抱きます。

ですので、最終契約締結後、全員への発表前にキーマンには個別に伝える社長も多くおります。その方が、スムーズに譲渡までも譲渡後もうまくいきます。

M&A後の離職を防ぐためにも、従業員をフォローしてあげる必要があります。

従業員への買い手の発表のタイミングは慎重に

「M&Aの話が進んでいるということは、うちの会社、どうなる?」――従業員に対するM&Aの発表後に買い手による面談を実施前は従業員たちに不安が広がります。買い手候補がどんな会社かよくわからなかったり、企業規模が自社と同じくらいであったりすると、ますます不安が不安を呼びます。悪い噂は尾ひれが付くもの。「いい転職先を早く見つけたほうがいいよ」と言い出す従業員が出てくることが十分考えられます。すると、周りに「早く泥船から脱出しなきゃ」というムードが広がりかねません。

しかし、その反面、買い手候補が業界大手で企業規模が自社の数倍、数十倍の場合、社員は不安よりもむしろ、好意や期待をもって、M&Aを受け入れることになるのです。むしろ、M&Aにより、大手グループの一員になれると喜ぶ社員もいたりします。人の気持ちは面白いものです。

不安と期待は裏表です。M&Aにより、社員の離脱は買い手への不安(よくない情報や噂から早く次へ行きたいという心理)や不満(会社が変わっても仕事は同じだったら、転職したいという潜在的な嫌気)からの逃避だと思います。

そうならないために、従業員面談は最終譲渡契約の締結後、M&Aの発表後に実施するのが基本中の基本です。この時ポイントは従業員に歓迎される買い手かどうかということだと感じます。また、将来は明るい、期待できると思われるようなアピールも重要です。

情報漏洩と従業員に公表するタイミングについて、詳しくは過去記事『情報漏洩がM&Aを破断にする!秘密保持の極意とは』もご参照ください。
https://www.kizuna-corp.com/column/leak_out/

まとめ

買い手の経営者からすれば、できるだけ買収先の企業の実情を知りたいもの。

売り手の経営者は、従業員面談を含めて包み隠さず事実を伝える姿勢が求められます。それがM&Aの成功につながるのです。

買い手による従業員面談を実施するタイミングを考えて、情報漏洩に十分配慮しながら従業員も買い手企業も安心できるM&Aを目指しましょう。中小企業のM&Aに精通した仲介会社なら適切なアドバイスを送ってくれるはずです。

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著者

小川 潤也

株式会社絆コーポレーション
代表取締役

1975年新潟県新潟市(旧巻町)生まれ。株式会社絆コーポレーション代表取締役社長。大学卒業後、株式会社富士銀行(現・みずほ銀行)入行。法人担当として融資、事業再生、M&Aなどの総合金融サービスを手がける。2004年、医療介護の人材サービスを手がける株式会社ケアスタッフの代表取締役に就任。また銀行勤務時代に培った新規取引先の開拓やM&Aでの経験を生かし、地方都市の後継者不在、事業承継ニーズに応えるべく、株式会社絆コーポレーションを設立。M&Aアドバイザリー事業、スペシャリストの人材紹介事業を展開。著書に『継がない子、残したい親のM&A戦略』(幻冬舎)がある。
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