したがって、売り手企業の側も交渉にあたっては気をつけなければいけないポイントが数多く存在します。
本記事では当社がM&AのFAとして交渉をサポートしてきた経験から、売り手企業にとってのM&Aの「落とし穴」を解説します。
基本合意前は売り手優位、合意後は買い手優位
M&Aにおいては、「基本合意」の前なのか後なのかで状況が大きく異なってきます。
案件の基本的な進め方とスケジュールについては以下の記事で説明しているので、こちらも参考にしてみてください。
オーナー社長のための再生M&A入門その③業者選びと進め方
再生型M&A案件の基本的進め方とスケジュール
さて、基本合意の前後で何が変わるのかというと、最も異なるのは買い手と売り手のどちらが優位に立つかです。
基本合意の前は、自社を「買いたい」と手を挙げた買い手候補を、売り手企業が選ぶ立場です。いくつかの会社にそれぞれ意向表明書を出してもらって条件を見比べ、トップ面談も複数社実施し、どこの会社に買い手候補としての優先交渉権を与えるのかを選びます。
売り手側としては、どちらかといえば「売っていい相手かどうか」という優位な目線で検討することになるのです。
しかし、基本合意の後は状況が変わってきます。買い手企業が売り手企業を買うための具体的な検討に入るので、買い手が本当に「買っていいのか」を考えるという優位な立場に入れ替わるのです。
決算の詳細な部分や、売り手企業が取引先と結んでいる契約など、細かい部分を根掘り葉掘り聞かれたとしても、適切に答えて納得してもらわなければM&Aは成約に至りません。
いわば、基本合意とは「結婚の約束」のようなものといっていいでしょう。
基本合意をする前の段階で自社を丸裸にするような情報を開示する必要はありませんが、いざ約束をして話し合いのテーブルについたら、今後一緒にやっていくために自分について洗いざらい打ち明け、誠意を尽くして信頼を得る必要があります。
「基本合意したから大丈夫」というのではなく、売り手にとっては基本合意の後こそ正念場なのです。
「話が違う」に要注意
さて、以上を踏まえて基本合意後にはまりがちな落とし穴について説明しましょう。
① 合意前と言っていることが変わる
基本合意の段階で、大まかな売却価格や譲渡にあたっての条件などは固まっています。
時々見られるのが、売り手が基本合意後にその条件を反故にするような言い分を始めるケース。当社が関わった案件でも、基本合意後になって売り手から、従業員の雇用条件の見直しなど次々と追加の条件が出てきて交渉が難航したケースがありました。
買い手から見て、基本合意前と言っていることが違うと思われるような言動は避けるべきでしょう。
② 買い手企業への提出情報にごまかしがある
基本合意後は、買い手の求めに応じて自社の様々な情報を提供することになります。
当然、この資料に嘘やごまかしがあってはいけません。多いのは決算の操作で、たとえば貸借対照表で在庫と売掛金の数字をいじって実際よりも多く資産を持っているように見せているケースがあります。
中小企業であればちょっとした決算操作は今まで税務署からお目こぼししてもらえたかもしれませんが、M&Aはその感覚では絶対にいけません。情報のごまかしはわかる人間が見たら絶対にわかってしまうので、正直にありのままを伝えるのが鉄則です。
③ デューデリジェンスで初めて隠し事が出てくる
M&Aの最終契約に至る前には、必ずデューデリジェンス(DD)と言われる詳細な買収監査が入ります。基本的にDDにおいてごまかしは一切効きません。
お金の問題、モノの問題など、DDの段階になって大きな隠し事が露見し、「実は……」となるのは最悪のパターンです。買い手は強い不信感を抱き、交渉はそのまま破談になってしまう確率が高くなります。
たとえば婚約した相手が入籍直前に多額の借金があることを打ち明けてきたら、印象は相当悪いでしょう。なんでもっと早く言わなかったの、となるはずです。
とはいえ、決算などの資料に出てこない、経営者が口頭で話すしかない困りごとを会社が抱えていることもあるでしょう。そういう場合でも、独占交渉に入ったらすぐに素直に打ち明けてください。どうせ最終的には告白しなければいけないことですし、早い段階で正直に伝えれば買い手企業と一緒に解決策を講じられることもあります。
まとめ
M&Aは売る側だけでなく、買う側も不安です。
お金を出して、自社の売却後も経営を続けるという大きなリスクを背負うのは買い手企業なわけですから、売り手企業はくれぐれも、感謝の気持ちと誠意を忘れてはいけません。
今まで続けてきた会社の顧客同様、「大切なパートナー」だというくらいの気持ちで真摯に対応してください。
小川 潤也
株式会社絆コーポレーション
代表取締役