ローカルM&Aマガジン

はじめてのM&A、買い手候補からのこんな申し出に要注意

投稿日:2021年10月5日

[著]:小川 潤也

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人生ではじめてM&Aの交渉にのぞむ経営者にとって、不安なのは「買い手からどんな要求を出されるか」でしょう。

買い手からの要求のなかには、常識をはずれた不当な要求も多くあります。

経験が乏しければ、買い手候補からの要求が正当なのかどうか、それすら判断することができません。

もしも不当な要求を断れずにやり込められてしまえば、悪い条件で交渉が進むことになります。

今回は、売り手企業が注意すべき、買い手企業からの困った要求について解説します。

基本合意の前の不当要求

買い手候補から要求は、「基本合意前の要求」と「基本合意後の要求」とに分けられます。

「基本合意」とはM&Aのプロセスのひとつで、売り手企業がいくつかの買い手候補から特定の一社を選び、独占的に交渉することを決める両者の合意を指します。

まずは、基本合意の前段階で、買い手候補からの困った申し出の例を紹介します。

なお、M&Aの基本的な進め方は下記のコラムで解説しているので、気になるかたは合わせて参照してください。

・再生型M&A「基本的進め方」と「スケジュール」

「契約情報を全部出せ!」驚きの要求

基本合意前にありがちなのは、「会社の情報を全部出せ!」という要求です。

もちろん、基本合意の前であっても、直近3期分の財務諸表などM&Aの慣例に則った企業情報は買い手候補に提出しますが、なかには企業情報の域を逸脱した資料を求めてくる買い手候補もいるのです。

当社が見聞きしたなかには、基本合意前であるのにもかかわらず、「売り手企業がもつ顧客との契約情報をすべて開示せよ」と迫ってきた買い手候補がいました。

いくら秘密保持契約を結んだとしても、顧客の具体名や取引条件は他社に見せられるものではありません。もし見せてしまった後で買い手候補が「やっぱりやめておく」と交渉を降りたら、売り手企業にとっては深刻な機密漏洩事件になってしまいます。

買収初心者に要注意!

こうした不当要求のほとんどは、買い手候補企業がM&Aのマナーを知らないことに起因しています。実際、過剰な情報開示を求めてくる企業は、買収交渉がはじめての場合が少なくありません。

M&Aにおける基本合意前のやり取りは、あくまでも「M&Aの具体的な交渉に進むかどうか」を両者が判断するためです。

なかには、はじめてのM&Aで基本合意の段階に進んでから、「こんな乏しい情報で合意なんかできるか!」と怒り出す買い手候補がいます。

しかし基本合意というのは、M&Aの「実行について合意」するわけではなく、ただ「交渉に入ることを合意」という段階です。

このような、高圧的な姿勢の買い手候補を相手にした場合は、高い確率で破談に終わります。

基本合意後の困った申し出

続いて、基本合意後に生じがちな困った要求について紹介しましょう。

「立場の逆転」に要注意!

まず大前提として知ってほしいのは、「基本合意の前後では」売り手と買い手の力関係が逆転する」という法則です。

基本合意前は「売り手優位」ですが、合意後は「買い手優位」の状況に一変するのです。

基本合意の前は、「売り手側が、複数の買い手候補から良さそうな会社を選ぶ」という売り手優位の交渉で、売り手からすれば、気に食わない買い手候補はお断りできる状況です。

しかし、基本合意後は特定の買い手候補との独占交渉にフェーズが移ります。

売り手側が買い手候補に対して「いかに良い条件で買ってもらうか」を駆け引きするフェーズになるのです。

条件をひっくり返された!

立場の逆転により、売り手側が困った状況に陥るパターンのひとつに、買収条件の「ひっくり返し」です。

売り手側の従業員の雇用条件や借り入れの引き継ぎ条件など、途中まで合意していたはずの条件に対し、DDの結果、買い手候補が「やっぱり嫌だ」といい出すのです。

M&Aにおける最終的な買収決定は、買い手が判断するため、いちどこうなると交渉は非常に難航します。

売り手側の社長がM&Aを検討する背景には、経営を続けられないなんらかの事情があることが多く、独占交渉が進行してから振り出しに戻ると、売り手としては残された時間がどんどんなくなり、焦ることになります。

そのため、こうしたわがままな要求を受けた場合、
1.基本合意を破棄し、他の相手と再度、交渉をし直すか、2.わがままな要求した相手とハードな交渉をし、着地点を探すかの2択です。

2の場合はこちらの譲歩できる限界を決めて、そこで決着できないようであれば、相手が他にいるのであれば1へ戻ることも可能です。どうしても譲れない場合は基本合意前に戻ることも選択肢として、お伝えいたします。私どもとしては納得のゆくディールをしてもらいたいので。

しかし、一度ディールブレイクを経験すると売り手は交渉に億劫になり、M&Aを諦めてしまうこともあります。

まとめ

M&Aの交渉時にありがちな、買い手候補からの困った要求について解説しました。

不当な申し出を避ける一番の方法は、「弱った会社を買ってやる」という上から目線の買い手候補と基本合意を結ばないことです。

当社がM&Aをサポートする場合、買い手候補が買収に対してどういう意識を持っているのかをかなり慎重に見極め、誠実と思える相手だけを売り手に紹介します。

いくら自社を買ってもらえるからといって、変な相手と我慢して付き合えば必ず後悔するはめになるので、充分に気をつけてください。

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著者

小川 潤也

株式会社絆コーポレーション
代表取締役

1975年新潟県新潟市(旧巻町)生まれ。株式会社絆コーポレーション代表取締役社長。大学卒業後、株式会社富士銀行(現・みずほ銀行)入行。法人担当として融資、事業再生、M&Aなどの総合金融サービスを手がける。2004年、医療介護の人材サービスを手がける株式会社ケアスタッフの代表取締役に就任。また銀行勤務時代に培った新規取引先の開拓やM&Aでの経験を生かし、地方都市の後継者不在、事業承継ニーズに応えるべく、株式会社絆コーポレーションを設立。M&Aアドバイザリー事業、スペシャリストの人材紹介事業を展開。著書に『継がない子、残したい親のM&A戦略』(幻冬舎)がある。
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