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M&A における財務デューデリジェンスとは?――目的から具体的な流れまで!

[著]:小川 潤也

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デューデリジェンス(DD)は、М&Aに大きく影響を与える非常に重要な手続きです。それゆえに、必要な資料の準備だけでも労力を要するので、しっかりとポイントを押さえながら行わなければなりません。

本記事では、М&Aにおける財務デューデリジェンスとはどんな内容を、どのように調査するのか、目的や流れをくわしく解説します。

財務デューデリジェンス(DD)とは?

売り手企業の内情を知るための調査

デューデリジェンスとは、М&Aにおいて買い手の企業が売り手企業について行う調査のことです。デューデリジェンスは、「Due=当然行われるべき」「 Diligence=義務・努力」という意味ですが、日本では企業調査、買収監査などと訳されます。

調査の対象は、本コラムのテーマとなる財務のほか、法務やIT、人事・不動産・ビジネスなどさまざまなデューデリジェンスがありますが、目的は対象企業の実態を詳しく知ることです。その情報をもとに、譲渡価格が決定したり、М&Aの意思決定を下したりします。

とはいえ、予算や時間が限られているなかで、すべての項目について調査するのは大きな企業であってもむずかしいです。中小企業では一般的に、財務や税務を中心にデューデリジェンスを行っていきます。

財務デューデリジェンスの場合は、譲渡企業の財務状況や会計に関する調査を行うことになります。対象の企業のキャッシュフローを把握し、どのような損益で経営され、どこにどんなリスクが存在するのか、などを確認するための調査です。

財務デューデリジェンス(DD)の目的

М&Aを進めるためには不可欠なものばかり

М&Aにおける財務デューデリジェンスの目的は主に以下の4つです。どれもМ&Aを問題なく終結させるために重要となる内容なので、その必要性を実感していただけると思います。

1.財務リスクを調べる
М&Aを進めていくなかで、売り手企業は買い手企業に自社の情報を開示しますが、それはあくまでも書面(帳簿)上のもの。簿外債務や取引先との関係性などを調査し、帳簿外負債や不正会計、粉飾決算などのリスクを負わないようにしなければなりません。

仮にМ&A後にこのような財務リスクが発覚すれば、買い手企業の経営に大きな痛手をこうむることになります。課税逃れや納税漏れなどのチェックも必要でしょう。

2.適切な譲渡価格を決定するための材料
財務デューデリジェンスを行う前に、売り手企業から譲渡価格の提示がありますが、当然ながら少しでも高く買ってもらおうとする意思が働きます。

買い手側から第三者の目線で査定を行うことでリスクやギャップを認識し、交渉を通して適正な価格を決定できるようになります。

М&Aによる企業譲渡では、財務デューデリジェンスを行わないで価格決定することはまずできませんし、価格に影響する項目や要素は徹底した調査が必要になります。

3.利害関係者への説明
株主や取引先に対して、なぜМ&Aを行うのか、行うことでどういったメリットがあるのかなど、企業譲渡の理由を説明する際に、財務デューデリジェンスで得られた情報が役に立ちします。

専門家によって適切に行われた調査内容は説得力があり、利害関係者への理解も深まることでしょう。

4.経営統合に向けた事前調査
財務デューデリジェンスでは、売り手企業の財務諸表そのものの調査に合わせ、どのように財務諸表を作成してきたか、その過程も調査します。

ここで不備が見つかれば売り手の会計処理に対する信頼が保てなくなるので、経営統合を取りやめることも考えられるでしょう。

財務デューデリジェンス(DD)で調査する項目

調査でチェックすべきポイント

売り手企業の財務状況を精査するべく、関連する資料を調査することになりますが、具体的にどのようなものを確認する必要があるのか。ここではそれを紹介していきたいと思います。

財務デューデリジェンスでチェックする必要のなる主な項目は、損益計算書、貸借対照表、会計方針、財務リスク、意思決定機関の議事録などです。財務状況を確実に把握するためにも、漏れなく、徹底した調査を行う必要があるでしょう。

<損益計算書>
買い手企業は、売り手企業の「正常収益力」を把握しなければなりません。正常収益力とは、普通の状態でどれくらい継続的に収益を獲得することができるのかという指標です。

たとえば◯◯特需、あるいは株の売却など、特定に期間や特定の条件で得た収益だけで判断しては、本当のその企業の収益力を計ることができません。

売り手企業の収益ベースを客観的な目線で確認するために、売上高や売上原価、販売費、一般管理費、営業外損益、特別損益といった項目を調査します。
一般管理費の中では不必要な経費はないか、他と比較して、高い費用はないかは要チェックです。また、人件費はどの重要なポジションの社員にいくか払っているかなども確認します。

<貸借対照表>
貸借対照表はその会社の資産と負債を表しています。デューデリジェンスでは帳簿と実態があっているかを確認します。資産の中でも現金、在庫、売掛金、この3点が流動資産の中で、会社の支払能力を端的に数字で表すので、要チェックポイントです。

在庫や売掛金は粉飾決算の際にはよく利用されることがあるので、帳簿に記載されている数字が本当にあるのかを確認します。
また、固定資産にある、土地や建物は帳簿価格と時価に乖離がないかを確認します。

負債の項目では、買掛金、未払い金が適正なものかを確認します。ここで社保や税金の滞納がないかは要確認事項です。また、退職金が引き当てられているか、それも確認事項です。さらに銀行借入の詳細、支払い利息と金利があっているかは簿外債務を発見する際の確認事項です。

<会計方針>
会計方針とは決算における、売り上げの計上基準や減価償却の基準など、その会社がどの基準を採用しているか、その基準通りに決算書が作成されているかを確認します。

<財務リスク>
これまで調査してきた上記内容によって、財務上リスクは何かというと、粉飾決算ではないかどうかです。また、適切に税金や社会保険料が支払いされていかどうか。この2つにつきます。この2つを確認するのが、最も重要です。そして、時価純資産や正常収益力を見極め、買収価格が妥当かどうかという検証になります。

<意思決定機関の議事録>
株主総会や取締役会といった企業経営に関わる会議の議事録を確認し、経営の意思決定が記録として残っているか、現状の体制が過去からの履歴で筋が通っているかを見ていきます。
要は株主の変遷、役員の変遷、役員の報酬、退職金などが議事録を通じて、変遷を辿ることができるか、これが重要です。

財務デューデリジェンス(DD)の流れ

手順はシンプルだがカロリーは高い

ここで、実際にどのように財務デューデリジェンスを進めていけばよいか、その流れを確認します。手順自体はそれほど多くありませんが、必要な書類を用意するだけでも大変なので、スケジュール管理を万全に、手際よく進めましょう。

1.専門家への依頼
非常に専門的な内容となりますので、専門家への依頼が必要です。顧問の税理士や公認会計士でやってもらえるのであればそれがベターです。しかし、経験がなかったりする専門もおられるので、その際は経験のある、会計事務所へ依頼する方がいいです。また、専門の会計コンサルティング会社といった組織に依頼するパターンもあります。

2.調査する項目や範囲の決定
依頼する専門家が決まれば、次のステップとして「何をどこまで調べるか」、財務デューデリジェンスの対象となる項目やその範囲を設定します。

この調査範囲をビジネス用語でスコープといいますが、財務諸表だけでも細かく掘り下げれば相当な項目数をチェックしなければなりません。

それ以外にも、関係各所へのヒヤリングや必要書類の収集などで時間のかかってしまいますので、あらかじめ調査の項目や範囲を決める必要があります。

スコープの設定は、М&Aの目的を見据えて、それに必要な項目をリストアップしながら優先度を考えると良いでしょう。会社の規模の大小はもちろん、買収価格、業種(在庫や資産が多いか、少ないかなど)、借入が多いか、などにより、メリハリをつけるのがおすすめです。

3.未提出資料がある場合の対応
スコープで決定した項目を調査するために、それに必要な資料がこの段階で売り手企業から得られていない場合は、それを開示するよう求めます。

売り手によっては「何をそんな細かいことを言ってくるの?」と怒りだす場合もあります。そこは専門家の先生に対話して、資料を補足する実態調査してもらい、その資料がなくてもいいのか、ないとリスクがあるのかを判断してもらいます。最終的には買収する側がその開示されない部分をどう判断するかになってきます。

4.報告書を受け取る
調査が終われば、依頼した専門家による報告書が上がってきます。売り手企業の収益力や財務上の問題点など、内容を把握したうえで譲渡の価格や条件などを検討します。

内容によっては、М&Aそのものを続けるのかどうかといった判断が必要になったり、譲渡後の経営統合をどうするかと決めたりと重要な意思決定を下さなければなりません。

財務デューデリジェンス(DD)における注意ポイント

以下の点に気をつけて財務デューデリジェンスを進める

М&Aの手続きのなかでも重要なポイントとなる財務デューデリジェンス。うまく実行していくためにも気をつけなければならない要点がいくつかあります。

◯専門家との連携
これまでの内容からわかるように、財務デューデリジェンスには広く深い専門的な知識が必要になります。また、財務という企業、経営の根幹となる重要な情報を扱うので、わからないことを社内だけで進めると甚大な被害をこうむることになりかねません。

依頼した専門家に積極的に相談し、連携を密にしながら財務デューデリジェンスを進めていくべきでしょう。

◯コストは青天井
上記で述べたように、財務デューデリジェンスは多くの専門家を必要としますので、当然、その調査費用がかかります。

また、スコープの内容によって調査の規模はどこまでも広げることができますし、そうすると費用は青天井になります。
そうならないために対象会社の決算書3期分を見て、専門家と打合せすることがおすすめです。どの調査範囲を正確に見極め厳格に設定し、どの項目を調べ、どこまで調査を掘り下げるかなど、事前の準備が重要になります。

◯実施時期
コスト面のケアにも関係しますが、調査には余裕を持った期限を設定することが依頼する側にも専門家にもまた、調査される側にも重要です。最低でも1か月は調査にかかりますし、それを専門家がレポートにまとめるにも時間がかかります。その期間を見越した上で、デューデリジェンスの期間を3者で相談しておきましょう。

また、売り手企業が繁忙期であったり、専門家が多忙な時期に重ならいようにするとスムーズに進みます。

情報漏洩には特に警戒!

少しの不注意が命取りに繋がる情報漏洩の恐ろしさ

財務デューデリジェンスにおいて、もっとも注意しなければならないのが情報漏洩です。財務という会社の機密事項の多い情報を扱うので最大限の慎重さが求められます。

情報漏洩で気をつけるべき漏洩パターンは、「従業員」と「取引先」のふたつです。情報漏洩の対策を徹底してください。

◯取引先への情報漏洩
特に売り手企業が譲渡売却を考えていると知られてしまうと「あの会社は危ない」などの風評被害にある可能性もあります。発注数を少なくされることはもちろん、取引自体が消滅するといったことにもなりかねません。

相乗効果を見込んだМ&Aだと、売り手も買い手も同じ業種、業界でビジネスを展開している場合が多いので、買い手企業も損害を被ることに繋がります。

◯従業員への情報漏洩
М&Aにおいては、通常、一般の従業員に情報が降りてくるタイミングは、最終契約書の締結やクロージング後といったほぼすべての手続が終了してからです。

その前に情報が漏洩すれば、社内の混乱は必至。たとえ雇用が守れるスキームだったとしても従業員は不安に陥るでしょう。状況を収拾できずに買い手企業がМ&Aから手を引く場合もあります。

このように情報漏洩が巻き起こすリスクは非常に大きなものですが、じつは、情報漏洩するパターンとして多いのは売り手の経営者から発生するケースになります。

仲間の他業種経営者との世間話から漏れた、社長のデスクにМ&Aの資料を起きっぱなしにしていた、など些細なことから明るみになったりするのです。

ほかのパターンとしては、社長のもとに頻繁にМ&A仲介業者が出入りしていて、従業員に変な憶測が流れてしまうようなこともあります。

財務デューデリジェンスの時点ですでに売り手企業・買い手企業の双方で秘密保持契約を取り交わしていると思いますが、さらに罰則を強化するなど、お互いに気を引き締めるような契約が必要になるかもしれません。

「М&Aは秘密保持に始まり、秘密保持に終わる」といった格言的な言葉もあります。情報漏洩には最新の注意を払いましょう。

ちなみに、最近ではМ&Aにおける情報漏洩に対する保険が誕生しました。中小企業によるМ&Aにはトラブルへの不安がつきまといます。

参照:
https://www.sompo-japan.co.jp/-/media/SJNK/files/news/2020/20210217_1.pdf?la=ja-JP

まとめ

財務デューデリジェンスはМ&Aに欠かせない手続き

以上のように、財務デューデリジェンスとは、М&Aにおいて買い手企業が売り手企業の財務状況を確認するために行う企業調査になります。

譲渡企業の価値を知り、適切な価格でМ&Aを実行できるという意味でもМ&Aを行ううえで非常に大切なプロセスです。

その一方で、財務デューデリジェンスで得られた分析は将来的にも活用できます。

売り手企業の収益性や運転資金、設備投資といった経営に直結する部分を数値化できる良い機会であり、将来的な財務リスクを顕在化するなど、発展・成長するために必要な取り組みでもあると言えるでしょう。

なにより、財務デューデリジェンスの目的は粉飾決算ではないか、簿外債務はないかを確認することです。
これを確認したうえで、上記の適正な買収価格であるか、その材料を調査することになります。

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著者

小川 潤也

株式会社絆コーポレーション
代表取締役

1975年新潟県新潟市(旧巻町)生まれ。株式会社絆コーポレーション代表取締役社長。大学卒業後、株式会社富士銀行(現・みずほ銀行)入行。法人担当として融資、事業再生、M&Aなどの総合金融サービスを手がける。2004年、医療介護の人材サービスを手がける株式会社ケアスタッフの代表取締役に就任。また銀行勤務時代に培った新規取引先の開拓やM&Aでの経験を生かし、地方都市の後継者不在、事業承継ニーズに応えるべく、株式会社絆コーポレーションを設立。M&Aアドバイザリー事業、スペシャリストの人材紹介事業を展開。著書に『継がない子、残したい親のM&A戦略』(幻冬舎)がある。
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