介護業界は典型的な地域密着ビジネスであり、零細企業・中堅企業の業者が全国に数多く存在します。
「超高齢社会を背景に、業界全体が活気づいている」――そんなイメージを持つ人は多いかもしれません。
そんな介護業界で近年、業界再編の大きな流れが生まれているのをご存じでしょうか?
今回の記事では、介護業界に訪れているM&Aのトレンドと特徴を、いくつかの事例を通じて解説します。
介護業界の注目すべきM&A事例を検証!
まずは、直近で報道された介護業界のM&A事例をいくつか見てみましょう。
「規模の拡大」を追求するM&A事例から
2020年、調剤薬局やヘルスケア事業を幅広く展開する(株)一光メディカルグループが、(株)ライフケアを買収することを発表しました。
発表時点では、株式取得予定日は2020年11月1日。売却価額は未公表です。
ライフケアは愛知県内に14箇所の住宅型有料老人ホームを保有しており、このM&Aによって一光メディカルグループの居住系施設数は計42か所にまで増えました。
スケールメリット発揮が狙いか?
この事例から、一光メディカルグループは、規模の利益によるグループ拡大を狙っていたことが推測されます。
老人ホーム事業は、一つの施設であげられる売上に上限があります。
したがって、施設数を自分で増やす時間を短縮できるM&Aを行なって事業の拡大を図るというのは、非常に有用な手となります。
さらに、施設で共通して必要となる設備や消耗品を仕入れるにも、施設数が多ければそれだけコストを抑えることができます。
グループ内で人員を融通して人事を最適化することも可能になるでしょう。
一光メディカルグループのM&A事例から、M&Aによるこのようなスケールメリットがうかがえます。
異業種の企業が介護会社を買収したM&A事例から
首都圏を中心に進学塾を展開する(株)市進ホールディングスは、2020年に居宅介護事業を営む(株)ゆいを買収することを発表しました。
取得価額は6億7000万円、株式取得予定日は2020年7月16日と発表されています。
なぜ、進学塾が介護会社を買収するのでしょうか?
塾が介護会社を買った理由とは?
実は、市進ホールディングスは、今後の経営多角化のために「介護事業を育成中」と発表していました。
市進ホールディングスのような大手企業であれば、資金力は豊富ですから、新規事業を展開するための手段としてM&Aは有力な選択肢になりえます。
今後も少子化が続くことは明らかであり、人口構成に合わせたビジネスモデルの変革手法として、介護事業のM&Aを決断したのでしょう。
上場企業が介護事業を売却したM&A事例から
逆に、上場企業が介護事業を手放した事例も存在します。
福祉用具の製造などを手がけるJASDAC上場企業の(株)幸和製作所は、子会社が手がけるデイサービス事業を、居宅介護事業などを営む(株)ポラリスに売却しました。
譲渡予定日は2021年1月1日、譲渡価格は2140万円です。
ここまでの事例と比べると小粒ともいえるM&Aですが、その背景にはどのような事情があるのでしょうか。
「選択」と「集中」のためにM&Aを決行
このM&Aにおける幸和製作所の狙いは、「主要事業への集中」とされています。
幸和製作所は福祉用具や介護用品を製造するメーカーであり、介護事業を保有していた子会社は、その販売会社でした。
同社は事業多角化のためにデイサービス事業を開始したものの、規模をどんどん拡大するほどの経営資源を回すのは難しく、求められる人員やノウハウも本体と異なるため、この事業が負担になってきたという事情が推測できます。
介護業界では、この幸和製作所の事例のように、大手企業が保有する介護関連事業が別の企業に売却されるというケースが増加しています。
新型コロナによる「駆け込み売り」も?
需要が安定していると思われがちな介護事業ですが、一部の企業は新型コロナウイルスの影響が直撃しました。
とくにダメージが大きかったのは、デイサービスといった通所系の事業と訪問介護系の事業です。
これらの事業は新型コロナウイルスの感染を恐れた利用者から敬遠され、大きく売上を落としている事業者もあります。
多いのが、急場をしのぐために緊急融資を受けたものの、借り入れの負担が重くなってしまうケース。
実際に当社にも、融資の返済に悩んで売却を考えている経営者からの相談がすでにいくつか舞い込んでいます。
まとめ
介護業界はスケールメリットの恩恵を受けやすく、M&Aのハードルは比較的低い業界だといえるでしょう。
買い手からのニーズだけでなく売り手の売却ニーズも高まっている昨今、ますます介護業界のM&Aは活発になっていきそうです。
小川 潤也
株式会社絆コーポレーション
代表取締役