依然として少子高齢化が進む日本で、後継者不在率が年々下がっているということは、これまでの自分の子ども=後継者という事業承継だけでなく、様々な方法によって日本の企業の価値が存続しているということであり、それ自体は非常に喜ばしいことです。
しかし、実際の数値を見てみると後継者不在率は53.9%(約14.6万社)にのぼり、いまだに半数以上の企業が後継者不在に悩まされています。
そこで今回の記事では、私が過去に取り扱った「事業承継型M&A」の事例を紹介したいと思います。
事業承継型M&Aを考えた経緯
事業承継型M&Aで会社を売却した事例を一つご紹介します。これは株式をすべて譲渡した例です。
家族経営の設備工事会社で、現社長が高齢になったため次世代への承継を考えたのですが、子どもたちの誰にも任せられそうにないという状況でした。
それほど規模の大きい会社でもなく、従業員は社長も含めて10名そこそこしかいませんから、社長はもうあきらめて将来的には廃業しようと考えていました。
しかし事業そのものは順調で黒字が続いていたことと、10名そこそことはいえ働いてくれている従業員のなかには20代の若者もいたので、廃業するのはかわいそうだという気持ちが芽生えて、M&Aを検討することになりました。
このとき社長は70歳くらいでまだまだ元気だったのですが、この年になるといつ怪我や病気に見舞われるかわかりません。この規模の会社だと社長が倒れたときに後継者がいないと、そのまま廃業になる危険性があります。
M&Aという方法があることを知った社長は、取引のある銀行に相談し、銀行から紹介されたのが弊社、絆コーポレーションでした。
M&A仲介業者は企業をどのように評価するか
最初の面談での印象は「条件が明確でわかりやすく収益力も相応にあり、アピールがしやすい案件」というものでした。
こちらの会社のM&Aでのアピールポイントは以下のようになります。
アピールポイント
・事業は安定して黒字が続いていて、ほぼ無借金経営である。
・従業員に技術力があって、機械などの設備も整っている。
・ニッチな特殊市場で信頼されていて、継続的に仕事を請け負うことが見込める。
・社長がまだ元気で、「3年くらい時間がかかってもいい」と言っている。
逆にマイナスポイントとしては、以下のようなことがありました。
マイナスポイント
・儲かっているとはいえ、売上規模が数億円で、大手のターゲット外であること。
・従業員が10名たらずで規模が小さく、社員の増員が必要。
・会社名をそのまま残してほしいと希望している。
・黒字は続いているものの、長期的に見れば安定的な受注に若干の不安がある。
買い手候補選定のプロセス
以上の条件から私が考えたのは、そのエリアに進出していない、土木工事会社や建設会社です。そのような会社がM&Aで同社を買収すれば、新たなマーケットと顧客を手に入れて、設備工事会社として成長できるようになるからです。
とはいえ、買い手探しは難航しました。財務諸表の数字だけを見れば非常にいい会社なのですが、問題となったのはその規模の小ささでした。
10名たらずの会社の場合、万が一その人たちがすべて辞めてしまったときに、会社のノウハウや技術力が失われてしまいます。そうなると、ニッチな市場で特殊技術が必要であるがために、たとえ顧客がいても仕事が継続できなくなってしまうのです。
もう一点、価格の問題もありました。財務諸表などから算定した価格について、社長は首を縦にふりませんでした。「安すぎる」と言うのです。
そうなった原因は、重機にありました。たしかに重機はたくさんあったのですが、いずれも減価償却上の簿価で計上されていました。
簿価というのは「減価償却されたうえでの簿価」なので、時価とはかけ離れていますが、社長は「重機は中古で流通しているので、市場価値がある」と主張していました。それも一理ありますが、現実問題として簿価として見ればあまり価値がなかった、という問題がありました。
財務諸表に記されている純資産は、簿価です。しかし簿価では本当の資産額はわかりませんから、M&Aでは純資産を時価で評価する場合が多いです。
この時価というのは、不動産であればさまざまな公的資料があるので簡単にわかるのですが、それ以外の場合はマーケットや売買事例を調べて推測するしかありません。
そこで時価純資産の金額の計算方法がしばしば交渉のポイントになります。
M&Aの交渉の実際の流れ
買い手候補として私が見つけたのは大手の建設会社でした。その会社がまだ手掛けていない市場だったので興味を示してくれたのです。両者の顔合わせとなるトップ面談は和やかなものでした。
そして、譲渡対価の交渉となりました。「株価の交渉にあたって、自社の重機も見てほしい」という売り手側の希望を伝えたところ、買い手は時価純資産で株価を算定することとなり、実際の重機を確認することになりました。
ここで論点となったのは、時価をどうやって反映させるか、という点です。そこでデューデリジェンスで時価を適正に判断するために、重機の査定を行うことにしました。数十台の重機1枚1枚の写真を撮影し、一覧表を作成して買い取り業者に査定を依頼し、その価格をふまえて時価を算定することとなりました。
複数の業者からの査定価格を会計士に伝えたことで、会社の買収価格もほぼ社長の希望通りになりました。こうしてデューデリジェンス後もほとんど揉めることはなく、無事に最終契約に至りました。
M&A成功のポイント
一般に「事業承継型M&A」では、やはりデューデリジェンスがいちばんの山場になります。デューデリジェンスをいかに乗り切るかがディールの成否を分けるといっても過言ではありません。
今回の事例では、社長が非常に正直で、マイナスに評価されそうなところでも「できていません」「やっていません」と正直に答えていたので、そこが逆にプラス評価されたような気もします。
なぜならば、デューデリジェンスとは売り手側社長の信頼性を見極めるためのものでもあるからです。買い手側社長が買うのはあくまでも会社組織ですが、それを売ろうとしている相手が信用できなければ、会社も信用できなくなるということなのでしょう。
売り手側の主張する価格と、実際の時価とがかけ離れていなかったことも、成功のポイントです。売り手の主張をいかに理論的に、エビデンスを持って客観的に買い手に示せるかが大切です。
「事業承継型M&A」では、売り手企業のオーナーに、自社をいかに客観視してもらえるか、その乖離をどれだけ埋められるかがポイントになるでしょう。
まとめ
この事例ではよくある家族経営のローカル中小企業が、M&Aによってより開かれた永続性の高い会社に生まれ変わり、企業の価値が高まりました。
こうしたM&Aこそが、企業の価値を高め、永続させる「サスティナブルM&A」であると、私は考えています。
そして、この「サスティナブルM&A」が地方都市を活性化させ、ひいては日本経済を発展させる一助となることを願っています。
小川 潤也
株式会社絆コーポレーション
代表取締役