そんなスタンスでM&A仲介会社や銀行に相談する経営者も多いはずです。
しかし、気をつけないと、業者の都合に引っ張られて、あれよあれよという間に勝手に話が進んでしまった、ということもあり得ます。
悪質な業者に相談してしまった実例を紹介しましょう。
経営者仲間の早逝で今後に悩む
Aさんはある地方都市で食品卸の会社を創業し、経営している50代前半の男性です。
若い頃に比べて体力の衰えを感じ始めた頃になって、M&Aによる事業承継を選択肢の一つとして考え始めました。発端は、業種は違うものの創業時から仲良くしていた、同年代の経営者仲間の急死でした。
まだまだ若いと思っていたが、確かに体力は落ちている。生涯いち経営者の気持ちでここまで頑張ってきたが、この歳で死ぬのであれば人生とは一体なんだったのだろう。
幸い自社の経営は順調で、近々M&Aすれば手元に大きな現金が残るはず。ここはM&Aでアーリーリタイアして、体力の残っているうちに余生を楽しむ決断も一つ、ありえるかもしれない……。
そんな気持ちで、ネットで探した税理士事務所がやっているM&A仲介会社を訪れました。
Aさんが創業からの自社のストーリーと現状、そしてM&Aに対する自分の気持ちを率直に話すと、担当者の男性はうんうんと親身に話を聞いてくれました。
「わかりました。では、まずはAさんの会社にどのような買い手がつきそうか、候補のリストを出してみましょう。そのためには弊社とのアドバイザリー契約が必要になるので、契約を結んでいただけるでしょうか。成約まで料金は発生しない内容で、着手金などは発生しません」
そう言われ、Aさんとしても特に疑問は湧かず、M&A会社との契約にハンコをつきました。
よくわからないうちに話が進んでいく
数週間後、Aさんにメールで、M&A仲介会社から「売却先候補リスト」という資料が届きました。資料を見るか見ないかのうちに、M&A仲介会社の担当者からの電話が鳴ります。
「A社長、資料ご覧いただけましたか?どの会社が良さそうでしょうか?」
「ああ、まだしっかり見られてないけど……この食品製造会社のB社なんかは、うちとのシナジーがありそうだし地元での評判もいいよね」
「わかりました!ありがとうございます!」
そんなやりとりの後、M&A仲介会社からはしばしば、Aさんの会社の財務情報の提供など、依頼が来るようになります。Aさんはよく意図もわからないまま、守秘義務契約も結んでいることだし大丈夫だろう、と要望に応えていました。
ただ相談しただけなのに……
さらに一ヶ月ほど後、M&A仲介会社の担当者から電話がかかってきます。
「A社長、売却先の候補が決まりました!つきましては、トップ面談への参加をお願いします」
Aさんは驚きました。
「候補が決まった?ちょっと、待ってくれ。私はあなたに、選択肢の一つとしてM&Aがあり得るがどうしようという相談をしただけだよね?候補者との面談なんて段階じゃ全然ないよ」
「とはいえ、当社と契約も結んでいただいていますし、今からそう言われましても……」
「何が今からだ、御社が勝手に暴走しただけじゃないか!」
腹が立ったAさんは電話をガチャンと切ります。その後、M&A仲介会社からの連絡には一切応じることはやめました。
「売り物」として情報が広まってしまう
それからが大変でした。Aさんのもとに様々なM&A業者から、「御社の売却先候補についての件なのですが……」という連絡が来るようになってしまったのです。
そのたびに「うちは今は売りません」と即答していたAさんですが、「●●M&Aコンサルティング」といった社名の会社からやたらと連絡が来ていることは、電話を取り次ぐ社員にもわかります。Aさんの会社の社内では、うちはM&Aされるらしいぞ、という噂がすっかり広まってしまいました。
挙げ句の果てには、長年取引をしている会社の社長からも、「おたく、売るんだって?」と耳打ちされる始末。これでは機密保持もへったくれもありません。Aさんはすっかり頭を抱えてしまいました。
まとめ
ひとたび売却先候補になれば、M&Aの業界にはどうしても、知れるところとなってしまいます。Aさんの場合は非常に業績が良い優良企業でしたから、破談になった後から多くの業者に嗅ぎつけられてしまったのでした。
このような事態を防ぐには、安易にM&A業者と契約を結ばないこと、一つひとつのプロセスで意思確認をきちんととってくれる業者を選ぶことにつきます。
また、経営者としても「思わせぶり」は避けましょう。パートナーの業者に言うべきことははっきり言ってことを進めないと、思わぬ事態に発展する可能性があります。
小川 潤也
株式会社絆コーポレーション
代表取締役