ローカルM&Aマガジン

【調剤薬局 代表 T様】 課題が重なった地方薬局オーナー夫妻の“決断”

投稿日:2025年6月2日

[著]:小川 潤也

Pocket

祖父の代から薬局を経営し、地域密着型で多くの患者さんの信頼を得てきたTさんご夫妻。ただし法規制の影響を受けて近年、業界全体が厳しい状況に置かれています。
収益悪化や後継者不在に悩むTさんご夫妻が、社員と患者さんを守るために選んだ道がM&Aでした。夫妻がこだわった、売り手と買い手の双方が納得できるM&Aの一部始終をご紹介します。

後継者不在と業界リスク――決断の背景

M&Aを決意させた薬業界の事情

――まず、今回M&Aを決意された理由は?

T:うちは祖父の代からいわゆる「昔ながらの薬屋」を営んでおり、私はそれを引き継いだ形でした。時代の変化に合わせて調剤をするようになり、今回譲渡したのはその調剤薬局になります。M&Aに踏み切った理由は、まず、30年ほど前からの業界自体の変化で、経営が圧迫されてきたことです。薬価は公定価格があるので、製造業のように自分たちで価格を決めることはできません。その公定価格がほとんど毎年のように下げられていくので、どんどん収益が出にくくなってきています。

加えて、薬自体が今、インターネットでも買えるようになってきて、そのほうが購入価格が安い場合もあります。最初は薬局で説明を聞いて買ってもらっても、継続して服用する場合はネットで買う、という方も増えました。そういうわけで薬局の経営は非常に厳しくなっています。

後継者の不在

――後継者がいないということも、理由のひとつでしょうか。

T:そういった業界の事情もありますから、子供にはまず、本人たちが本当にやりたいのかどうかを夫婦で確認しました。結果として継がない選択をしたわけです。子供も一人の人間ですから、親としてはその人生を尊重したいという思いがありました。

数年かけた「覚悟」の醸成

M&Aに至るまでの心境

――実際にM&Aに踏み切るまでには長い期間がかかったとのことですが、それはどういった事情ですか?

T:やはり、周りに迷惑をかけないようにするにはどうしたらいいかを考えていましたね。社員が10名ほどいますので、経営者としては彼らの生活をまず考えなくてはならないこと。それからお客様である患者さん方が数百名いらっしゃいますから、その方々への責任感もありました。

うちは、お客様に一つひとつ丁寧にお薬の説明を聞いてもらって、納得してお薬を買ってもらうことを大切にしてきました。先代の頃から、お客様とのつながりは「人と人の付き合い」だと教えられてきたのです。お客様に対し、手も、目も、心も添えてお付き合いしてきた関係だったからこそ、裏切るようなことはしたくない、という思いが強くありました。それで、気持ちが固まるのには時間がかかったのですが、最終的には社員とお客様のためにベストな道はM&Aだという結論になりました。

信頼できるパートナーとM&Aがスタート

小川氏との出会い

――絆コーポレーションはどのように知りましたか?

T:お世話になっている、とても信頼している方から小川社長を紹介されたのです。「この人なら仕事は誠実だよ、信頼できるから任せてみて」と言われ、迷っていた背中を押された形です。お会いして話をしてみたら、小川社長はやはりとても誠実な方で、はじめから安心感がありました。

小川氏の仕事の進め方

――どのような部分に安心感を抱いたのでしょうか?

T:M&Aを仲介する大手企業の中には、「早く売りましょう」とせっつくような営業マンもいると聞きますが、小川さんは決して「次はどうします?」などと急かすことはなく、私たち夫婦のペースを尊重してくれました。でも、スケジュールはちゃんと把握してくれているんです。だから安心感がありましたし、疲れませんでしたね。私たちの悩むところや「こうしてほしい」というところは、すべてしっかりとフォローしてくれました。

クロージング後の心境

――同業者でもある買い手企業が無事に見つかり、M&Aをクロージングした現在、どのようなお気持ちですか?

T:全社員の雇用は守れましたし、お客様の「かかりつけ薬局」がなくなることは避けられたので、とてもよかったです。私たちにとっても、法律や規制に縛られて経営に頭を悩ませることから解放されて、気持ちは楽になりました。自分たちの年齢を考えると、やはりこれが最善の選択だったと感じています。

買い手・売り手双方が良かったと思えるM&Aをしてほしい

M&A検討者へのアドバイス

――今後、M&Aをお考えの方に、経験者としてのアドバイスはありますか?

T:「自分を見失わないでほしい」ということですね。会社を譲渡するということは、自分がそこで積み重ねてきた目に見えないものも、すべて渡して任せるということです。これは考えている以上に大きなことなので、周りの意見に流されずに、自分の気持ちを大事にしてどうするかを選択してほしいです。

これは、何かモノを買うときと同じかもしれません。単にモノとお金が動くだけではなくて、店員とお客様がいろいろ話をして、お客様は「この店員さんから話を聞いて買ってよかった」、店員は「このお客様に買ってもらってよかった」というふうに思えるといいですよね。M&Aも人と人の取引ですから、条件や価格だけでなく、買い手・売り手双方がよかったと思えるのが一番ではないかと思います。

M&Aを成功させたポイント

――M&Aを成功させたポイントはどこだと思いますか?

M&Aは一生に一度のことですから、何しろすべてが初めての経験です。来たバスに乗って、見たことのない空間にいて、聞いたことのない音を聞いているという感じでした。そこに小川さんのような、決して急かすことなく真摯に話を聞いてくれる、誠実な伴走者がいたからこそ、そういう未知の空間でも進むことができたというのが実感です。

自分の会社を手放すというのは、娘を嫁にやるようなものです。単純に「よかった」だけではなく、「これでいいのだろうか」という迷いや不安、さみしさなど、複雑な気持ちが誰にでもあると思います。その思いを救ってくださったのは、小川さんの笑顔でした。だから、本当に感謝しています。

まとめ

業界の制度疲弊と後継者難に悩む地方の中小企業が、これまで培ってきたお客様からの信頼を裏切らないために選んだのはM&Aという選択。

その大切な「想い」を未来につなぐため、「売り手・買い手・地域の方々」がそれぞれ納得できるM&Aを目指してはいかがでしょうか。

Pocket

著者

小川 潤也

株式会社絆コーポレーション
代表取締役

1975年新潟県新潟市(旧巻町)生まれ。株式会社絆コーポレーション代表取締役社長。大学卒業後、株式会社富士銀行(現・みずほ銀行)入行。法人担当として融資、事業再生、M&Aなどの総合金融サービスを手がける。2004年、医療介護の人材サービスを手がける株式会社ケアスタッフの代表取締役に就任。また銀行勤務時代に培った新規取引先の開拓やM&Aでの経験を生かし、地方都市の後継者不在、事業承継ニーズに応えるべく、株式会社絆コーポレーションを設立。M&Aアドバイザリー事業、スペシャリストの人材紹介事業を展開。著書に『継がない子、残したい親のM&A戦略』(幻冬舎)がある。
最新M&A情報を届ける 登録無料のメールマガジン 売買案件 体験談 最新コラム