ローカルM&Aマガジン

M&Aで気をつけたい「のれん代」――買収後に響く“見えないコスト”の正体とは?

投稿日:2025年4月21日

[著]:小川 潤也

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「この会社は7,000万円で買ったけど、帳簿上の資産は5,000万円しかない……この差額って何?」

実はここに、「のれん代(のれん)」という、M&Aにおける重要なポイントが隠れています。

のれん代とは、M&Aで買収する企業の“目に見えない価値”――ブランド、顧客基盤、技術、信頼などに対して支払われる金額のこと。
こののれん代、後から企業の利益や税金に大きく影響するため、経営判断において極めて重要なテーマです。

しかも、2024年には制度が見直され、2027年3月末までの“時限立法”として新ルールが導入されました。
今回は、のれん代とは何か、その償却の仕組みや制度の変更点、そして経営者としてどこに気をつけるべきかを、わかりやすく解説します。

1. のれん代って何?──見えないけれど高価な資産

「のれん」とは、企業の帳簿には載らない“見えない資産”です。

たとえば、老舗の飲食店を買うとき、厨房機器や在庫だけでなく、「行列ができるほどの評判」や「常連さんとの信頼関係」も価値の一部になりますよね。
この“見えない価値”を含めて支払う金額――帳簿の資産を上回る分が「のれん代」です。

【事例】
• 資産価値:5,000万円
• 実際の買収金額:7,000万円
• 差額2,000万円 → のれん代

2. のれん代は償却できる──利益圧縮とリスク分散

のれん代は、会計上「償却」することで毎年一定額ずつ費用として計上できます(定額法が一般的)。
たとえば、2,000万円ののれんを10年で償却すれば、毎年200万円が費用として落とせるわけです。

これはつまり、課税所得を減らせる=税金対策にもなる反面、営業利益を圧迫する要因にもなります。

【ポイント】
• 日本基準では最長20年以内に償却(5年や10年でもOK)
• 一度決めた償却年数は変更できない

3. 制度改正のポイント──2027年3月末までの特例

中小企業がM&Aで株式を取得する際に、「のれん代」の損失に備えて準備金を積める制度――「中小企業事業再編投資損失準備金制度」が2024年に見直されました。

【新ルールの概要】
• 対象:株式取得額10億円以下の中小企業
• 条件:事業承継等事前調査を含む「経営力向上計画」の認定を受ける
• 優遇:取得価額の70%までを準備金として積立→損金算入可能(節税効果)
• 適用期限:2027年3月31日まで

4. のれん償却のメリットとデメリット

◆メリット
1. のれん減損リスクの分散 → 突発的な損失リスクを避け、利益へのインパクトを平準化
2. 実態経営に即した判断ができる → ブランドや信用の“賞味期限”を意識した経営判断がしやすい

◆デメリット
1. 利益が圧迫される → 償却額分、営業利益が毎期下がる
2. 現実のビジネスとズレる場合もある → 実際のブランド価値は必ずしも一定ではない

5. 経営者として注意すべき点

• 償却期間の決定は慎重に(短すぎると利益圧迫、長すぎると実態と乖離)
• 一度決めたら変えられないため、買収前に会計士・税理士と綿密にシミュレーションを
• IFRS(国際会計基準)では定期償却ではなく“減損テスト方式”になる点にも留意

まとめ

M&Aの現場では、「いくらで買うか」だけでなく、「その後の会計処理」が経営に直結します。
のれん代は、買収後も長くつき合っていく“見えないコスト”。経営者として、この価値とリスクをしっかり把握しておくことが、成功するM&Aの鍵になります。

制度が変わる今こそ、専門家と連携しながら“数字に出ない価値”をどう扱うか、検討を始めてみてください。

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著者

小川 潤也

株式会社絆コーポレーション
代表取締役

1975年新潟県新潟市(旧巻町)生まれ。株式会社絆コーポレーション代表取締役社長。大学卒業後、株式会社富士銀行(現・みずほ銀行)入行。法人担当として融資、事業再生、M&Aなどの総合金融サービスを手がける。2004年、医療介護の人材サービスを手がける株式会社ケアスタッフの代表取締役に就任。また銀行勤務時代に培った新規取引先の開拓やM&Aでの経験を生かし、地方都市の後継者不在、事業承継ニーズに応えるべく、株式会社絆コーポレーションを設立。M&Aアドバイザリー事業、スペシャリストの人材紹介事業を展開。著書に『継がない子、残したい親のM&A戦略』(幻冬舎)がある。
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