しかし実際には、売却先候補になるのは同業他社には限らないのです。
同業の場合と異業種の場合の、M&Aのパターンについて解説しましょう。
シビアになりがちな同業への売却
自社を同業他社に売却する場合、メリットになるのは引き継ぎのスムーズさでしょう。
社員の雇用や工場の設備など、同業他社はもともと自社と似た環境が整っている可能性が高く、すぐにシナジーを発揮しやすいと考えられます。
しかし一方で、業界の勝手がわかっているからこそ買収交渉がシビアになりがちな面もあります。
従業員や製品の質、オペレーションの精度、設備のレベル……同業の買い手企業は、売り手企業を自社と比較して細かく分析することができてしまいます。すると自然に見る目が厳しくなり、株式の譲渡価格も安く算定されがちになるのです。
従業員の処遇も心配なところです。
同業であれば売り手も買い手も従業員の職能は似通ってきますし、機能の被りで買収後に不要になる人材も出てくるでしょう。そもそも買い手企業のほうが業績好調で従業員の質自体が高いことが多く、売り手企業の従業員が買収後に露骨に冷遇される恐れがあるのです。
また、同業他社にM&Aしたほうがいいだろうと考える経営者も、長年のライバル企業や地元の他社には売却したくないと考えがちです。
結果、シナジーが最大化するM&Aは成立しないケースが多くなります。
新規参入意欲を満たす異業種への売却
異業種への売却の場合、買い手のニーズは売り手企業の業界に参入することです。
たとえばメーカーが物流や小売まで進出しようと考えてM&Aを実行したり、建設会社がビルメンテナンス会社やリフォーム会社を買収して事業の幅を広げようとしたりするケースです。
買い手企業が新しい業態に参入する場合、設備導入や人材採用・育成などに当然、コストと時間がかかります。
加えて、たとえ隣接業種だとしても、新規参入する業界に関しては素人の状態になりますから、会社の既存資産やノウハウをうまく流用できなければ一から起業するのと同じです。失敗して、事業拡大のつもりが肝心の母屋が危なくなる、というパターンも見られます。
買収による異業種参入のメリット
その点、業績が順調な他社を買収することで業界に参入すれば、ここまで述べたようなリスクやデメリットが解消されます。技術や設備、人材、顧客網などをそっくりそのまま引き継ぐことができるからです。
一から新規参入するのに比べて時間が大幅に節約できるのとともに、失敗するリスクも少なくなります。
買い手企業としても、既にできあがっている企業に対して自社の資源を投入してブラッシュアップする発想で取り組めば、M&Aによるシナジーが発揮しやすくなるでしょう。
異業種売却のほうが高値で売れる?
注目したいのは、異業種が買い手の場合、同業他社よりも高く売れる可能性があるということです。それは新事業をゼロから立ち上げることより、出来上がった事業を買う方がいいという価値観です。よって、自社にとっては新事業がプラスされるわけですから、加点方式ですし、自社にいかにプラスになるかという評価軸になります。
一方、同業他社の場合は対象会社の評価は減点方式となります。業界を知っているからこそ、良い点、悪い点を加味した上で、悪い点を指摘して、リーズナブルに手に入れたいという思いが強くなります。
また、異業種だからこそ、売り手企業の社長も気づいていないような企業価値に着目してくれる希望が出てきます。同業では誰も注目していないような意外なポイントが、他業種の経営者にとっては大きな価値になったりするのです。
当社のようなコンサルタントが財務資料に表れない会社の価値を的確にアピールすることで、高値売却を狙うことができます。
加えて、新規事業はタイミングが非常に重要ですから、異業種の買い手は買収意欲が非常に旺盛であるケースが多くなります。そうなれば当然、高値売却の交渉には有利に働くことでしょう。
まとめ
M&Aの買い手は同業がいいとか異業種がいいといった、特定の正解はありません。
ただ、いずれにしても大事なのは、売り手企業の経営者自身が自社の強みと価値をしっかり認識し、整理しておくことでしょう。M&Aにおいては、BSやPLなどの資料に表れない部分が成約の決め手になるケースがとても多いのです。
経営者自身ではなかなかわからない部分もあるので、M&Aコンサルタントなどの企業分析のプロに相談しつつ、自社の強みと価値を明確にしてみてください。
小川 潤也
株式会社絆コーポレーション
代表取締役