中小企業が多くを占める地方都市においても、M&Aのニーズは年々高まっています。特に後継者不在、経営者の高齢化といった課題に直面する企業が増える中、地域経済を支える優良企業に注目が集まっています。
本稿では、実際に地方でM&A仲介を手掛ける立場から、「地方でも買い手が見つかりやすい業種・業界」について、具体例を交えながらご紹介します。
ストックビジネス+地域密着型モデルに注目!
地方M&Aにおいても、安定収益が見込める「ストック型ビジネス」は依然として強い人気を誇りますが、それに加えて「地域での信頼・長年の取引関係」も大きな価値になります。地域特化のビジネスモデルは、買い手にとって市場シェアの獲得手段であると同時に、リプレイスしにくい強固な商流を意味します。
ストックビジネスの企業に比べると、新規顧客の獲得や単発の販売を繰り返すフロー型ビジネスの企業は買い手が付きにくい面があります。
それでは、具体的な人気業界を見ていきましょう。
その1:調剤薬局
全国の薬局数は、2024年3月末時点で6万2828軒。これはコンビニの数以上です。しかも、全体の約7割が個人薬局です。上位10社でもシェアは十数%しかありません。
こうした中で、薬剤師不足や薬価の引き下げなどに対応するため、近年は大手の調剤薬局グループによる中小調剤薬局の買収が盛んで、業界再編が進んできました。大手M&A仲介会社には調剤薬局専門チームがあるくらいです。
とりわけ人気が高いのが「門前薬局」です。門前薬局とは、病院の「門の前」にある調剤薬局のこと。門前薬局の場合、その病院にかかる患者のほとんどが処方箋を持ってきます。集客しなくても、顧客が集まる状態になっているのです。
ただし、調剤薬局業界のM&Aではトラブルになっているケースも見られます。代表的なトラブルが、M&A仲介会社が強引に決めたケースです。「この金額じゃないともう誰も買わない」とばかりに、売り手の合意を得ずに勝手に案件を進めるケースがあるようです。早く決めないと他社に取られてしまう恐れがあるからと、契約を急かせるのです。売り手の薬局も、薬価が下がるなどの環境が変わる前に売らなければという焦りがあると思います。
調剤薬局の不安にかこつけて会社を売らせようとするM&A仲介会社があるので注意が必要です。
その2:IT業界
近年では地元自治体や地場企業のDX支援を行うIT会社も評価対象になっています。特に、特定の業界や用途に特化したソフトを提供するSaaS型企業や、少数精鋭で黒字経営を続ける技術者集団など、一定の希少性と利益率を持つ企業は都市部企業の買収ニーズにマッチします。
IT企業の売り手はほぼ創業者です。事業承継で代替わりしている企業はほとんどありません。そもそも、IT企業は昭和の終わりくらいから増え始めているので、30年、一世代続いている企業自体、少ないでしょう。
IT企業は買い手に人気ですが、私が実際にM&Aをお手伝いしてよくわかったのは、マッチングが本当に難しいということ。買いたい大手企業と売りたいIT企業では、思惑がまるで違うのです。
買い手の大手企業が欲しいのは、若くてソフトウェア開発力の高いエンジニアです。自社で開発力があるIT企業を買いたいと考えています。ところが、技術力の高いIT企業の経営者が自社を売ろうとしているケースはほとんどありません。技術力があれば、大手の傘下に入らなくてもやっていけるからです。金さえ出せば買えるかといえば、そんなことはありません。
一方で、会社を売りたいと考えている中小IT企業の多くは、SESとよばれる業態です。SESとは、システム・エンジニアリング・サービスのことで、顧客に技術力を提供する業態です。多くの場合、エンジニアが顧客先に常駐して仕事しています。いわゆる人工(にんく)商売で、人材派遣に近いスタイルと言っていいでしょう。こうしたSES企業を欲しがる買い手企業は多くはありません。
DX化を推進するために社内グループにIT部門を抱えたいと考えている企業は数多くありますが、マッチングが難しいのが現状です。
その3:プロパンガス(LPG)業界
ガスは生活に欠かせないエネルギーです。都市部では都市ガスを利用している人が多いのですが、実は都市ガスは国土の6%しかカバーしていません。プロパンガス利用者が約4割を占めています。
利用者にとって、プロパンガスが同じ値段できちんと供給されるなら、経営母体が変わっても気にしません。配達員が変わらなければ、経営母体が変わったことすら気づかないかもしれません。
典型的なストックビジネスを展開するプロパンガス会社は、M&Aの買い手にとって売り上げの予測が立ちやすく、人気が高いのです。
その4:ビルメンテナンス業界
ビルメンテナンスもプロパンガス同様、親会社が変わったとしてもサービスと料金が変わらなければユーザーは気にしません。
M&Aの買い手としては、顧客と仕事付きで買収できるメリットがあります。
その5:設備を持つ業界
設備を持つ業界も買い手に人気です。たとえば介護業界なら、設備を持たない訪問介護系よりも施設介護系のほうが買い手が付きやすい。
ほかにも、コインランドリーやクリーニング店など、設備がある業界は買い手が付きやすいといえます。
逆に、買い手が付きにくい業界とは?
属人性が高く後継困難な専門業種(例:職人型製造、個人経営の飲食)、赤字体質・補助金依存が高い業種、単発受注で商流が安定していないフロー型事業などは、地方でも敬遠されがちです。「経営者=事業そのもの」となっている企業は、引継ぎの工夫(社員の定着、業務マニュアル化など)が必要です。
例えば、社員が辞めると商売が成り立たなくなる業界は売りにくい。たとえば、コンサルタントによるコンサルティングなどの属人的なビジネスなどです。
飲食店やパン屋なども、料理人や職人が辞めたら成り立ちません。大手でシステム化されている飲食業なら話は別ですが、個人店では買い手が付きにくいと言えます。
まとめ
地方でも「選ばれる企業」には理由があります。ストック型ビジネス、設備保有、顧客基盤、地域独自の商流など、買い手にとっての明確なメリットを提示できることが大切です。
ローカルM&Aにおいては、表面的な損益だけでなく、「地域内の存在感」や「人材・ノウハウの承継可能性」が価値の判断材料となります。自社の魅力を整理し、将来の承継に備えておくことが、地域経済のバトンを繋ぐ第一歩です。

小川 潤也
株式会社絆コーポレーション
代表取締役
