しかし、中には買い手候補として相応しくないような企業も存在するのが事実。例え自社を売却してオーナー経営者がキャッシュを得たとしても、誤った買い手企業を選んでは自社の取引先や従業員に迷惑をかける結果になってしまいます。
本記事では、当社が多数のM&A案件に関わった経験から、自社の売却後まで見据えたうえで相応しくない買い手候補を見分けるポイントを解説します。
重要なのは「永続的な成長」「ゴーイングコンサーン」という観点の有無
M&Aは成立前の交渉も大変ですが、言うまでもなく本当に重要なのは成立後です。
それまで独自経営を保っていた会社が別の企業のグループ傘下に入る場合、企業ガバナンスや業務フロー、双方の使用するITツールのすり合わせ等の様々な面で調整が必要になります。また、新しく買収した企業と大元の企業では従業員の待遇や人事制度もバラバラであり、企業風土も含めて2つの会社を統合するのは容易ではありません。
M&Aに慣れた大企業同士の合併でも、あえて統合後もいったんは別々の会社として経営を保ち続ける例がよく見られます。
それだけに、買い手企業がM&Aにあたって、長期的な観点での統合の難しさをしっかり理解しており、双方の事業を長く継続しようという意思を持っていることは非常に重要です。
ベンチャーの界隈では「アクハイア」(acquire+hire)といって、採用が難しい優秀なエンジニア層を買収によって得る人材確保目的のM&Aがしばしば見られますが、例えば買い手があなたの会社の営業リソースにしか興味がなかったり、保有している不動産にしか関心がなかったりするようであれば注意が必要でしょう。欲しい資産だけ自社に吸収できれば他はどうなってもいい、というスタンスの買い手に売却すれば、自社の関係者にとっては非常に不幸な買収となってしまいます。
売却先候補として交渉相手にするのは、あくまでも自社の売却後の経営について明確かつ長期的に考えてくれる相手であるべきでしょう。従業員の心情を踏まえた雇用条件や処遇についても、想像力を巡らせてくれる企業が望ましいです。
基本合意の前に多くを求めてくる相手にも注意
M&Aによる買収の経験がない会社にたまに見られるのが、基本合意の前にDD(デューデリジェンス)を行うよう要求してくるケースです。そんな場合、当社がコンサルティングに携わっている場合はキッパリと断ります。売り手の企業にとっては、到底受け入れられない身勝手な要求だからです。
M&A案件におけるDDとは、基本合意を結んで交渉が進み、最終契約を締結するかどうか買い手企業が判断するための終盤のプロセスです。基本合意で大まかには譲渡価格が決まっており、買い手企業と売り手企業の間にある程度の信頼関係が構築されている前提で行われます。だからこそ、売り手企業も決算や契約内容といった経営の細かい部分を徹底的にさらけ出しての真剣勝負となるわけです。
基本合意なしに買い手がDDを行いたいということは、「最初から丸裸の会社を見たうえで言い値で会社を買いたい。内容次第では交渉もしない」と言っているのに等しく、売り手にとってみれば非常に自分勝手な話です。普通の経営者としての感覚を持っていれば、交渉のテーブルにつくかどうかもわからない相手に自社のすべてを開示するなんてとんでもない、と感じることでしょう。
細かい部分まで会社を知らなければ買い値などつけられない、という言い分にも一理ありますが、そういった売り手と買い手の言い分のジレンマを解消するために財務資料、顧客情報、従業員情報などの重要情報をインフォメーションパッケージとして、秘密保持契約締結しての開示、それを踏まえて意向表明、基本合意というプロセスが存在し、仲介会社やFA会社といったM&Aのプロが介入するわけです。
ベテランのオーナー社長の中には何事も「自分がルールを決める」というスタンスの人もいますが、M&Aのルールを守らずに身勝手な要望を突きつけてくるようでは売却後の自社の関係者もそういったワンマンに振り回されることが容易に想像できます。例えM&A後のシナジー効果が期待できる買い手だとしても、M&Aアドバイザーと相談しつつ交渉は避ける方向で進めたほうが無難でしょう。
まとめ
M&Aによる自社の売却を決意した経営者で、「売れればなんでもいい」と考えている人はまずいないことでしょう。自社の従業員の生活やお取引様との関係、銀行借入などの様々な葛藤を乗り越え、M&Aという選択肢を検討しているはずです。
そこで売り先を間違えないために、重要なのは買い手候補選定を慎重に行うことです。基本合意後は独占交渉権を付与し、相対での交渉となりデューデリが始まれば、買い手優位で進みます。しかし、基本合意前の選定時では売り手側は複数の買い手候補の中からどの相手にするのか、トップ面談、意向表明書を通じて選択できます。
提示価格だけでなく、経営者はどのようにして今の会社を築いてきたのか、どんな人なのか、幹部社員はどんな人達か、相性はどうか、そんな部分も含めてじっくりと選びましょう。
小川 潤也
株式会社絆コーポレーション
代表取締役