ローカルM&Aマガジン

M&Aのその後、会社と社員はどうなる? ――会社売却後に経営者がとるべき行動とは

投稿日:2020年7月7日

[著]:小川 潤也

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M&Aで会社を売却したら、元オーナーは完全に経営から離れるものと思っている人は多いことでしょう。

しかし、M&Aの成立後、元オーナーが経営者や役員として経営を続けることがあれば、社外人材として関わるケースもあります。

それは社員も同様で、M&Aのその後の扱いは複数パターンに分かれます。

本記事では、M&Aをした後の経営者・社員への影響や、特に気をつけるべき経営者の会社との関わり方やポイント・注意点について徹底解説します。

売却した会社の「社長」のその後は、M&Aの条件によって異なる!

会社の売却に成功すれば、社長は売却益を得られるほか、自身の責任範囲のなかで債務の連帯保証などから外れる、後継者不在の問題が解決するなど、付随したメリットが存在します。

しかし、売却後に社長が退職しないケースも存在します。M&Aを行なった後の会社との関わり方は、買い手企業と合意した条件によって、大きく以下の4つのパターンに分かれます。

具体的に紹介しましょう。

①完全に辞める

株式譲渡などにより、株式の所有権と経営権を手放して会社を辞め、会社経営からすっぱり引退・リタイヤするパターンです。

高齢化している経営者・経営陣の場合でもちろん多くなりますが、現役世代でもM&A後は一切会社に関わらず、次の事業を興したり趣味やボランティアに集中したり、売却代金を元手に投資家になったりといった道に進む人がいます。

高齢で引退する経営者の場合、奥さんと二人で海外旅行に行くなど悠々自適に余生を過ごす人が多いようです。

②経営者を続ける
株式は買い手企業に売り渡しながら、買収後も雇われ社長として経営を続けるパターンです。

仕事としては売却前と大きく変わらないことになりますが、会社のオーナーは買い手企業になるので、オーナー経営者特有の責任の重圧や会社の借金の個人保証といったマイナス要素から解放されるのが大きなメリットでしょう。

経営者個人が会社の売り上げに影響する部分がかなり大きいような場合、買収側の企業から続投を求められる可能性もあります。

向こう1年、向こう3年など期限付きで経営者を続け、買い手企業からやってきた後継社長にじっくりと引き継ぎをするスキームもあります。

③子息が従業員として続ける
後継者問題が社会問題化していますが、子息に事業承継できないので売却するケースも少なくありません。

息子に経営者としての資質はないと見抜いた上で、息子は他で転職するとか会社を起こすことも難しいと苦渋の決断だと推察されます。その場合は買い手企業が連れてきた人材に後継社長を任せて自分は引退し、子息は従業員とし会社に残ります。

息子は後継者という負担・プレッシャーがかかる業務から解き放され、新しい経営者の元、会社で働き続けることがメリットです。

④社外人材として関わる

「顧問」「コンサルタント」などとして、社外から会社に関わります。

金融機関や外注先、官庁筋など、会社が元オーナーの人脈に頼りたい場合に相談を受けたり、後継社長が重要な判断をする際のオブザーバー役になったりする場合が多いようです。

会社から報酬を受け取っても問題ありませんが、買い手が納得できる金額かつ、社会常識の範囲内に収める必要があります。

従業員の勤務条件や待遇はどうなる?

一般的には会社を売却することで、社員をはじめとする従業員にとって気になるのは、社長はどんな人か、また雇用条件は変わるのはどうか。経営方針が変わるという大きな節目を迎えます。

当然、元を辿れば自身の会社で採用した人材ですので、M&A成約後の処遇や待遇が気になりますし、今後会社がどのように変化していくのか、不安に思っている人もいると思いますので、注意が必要です。

主に売却した会社と社員の関わり方は以下の2つのパターンに分かれます。

①雇用が継続される
M&Aにおいて買収した企業と、売却した企業のどちらも懸念するのは、従業員の流出です。

株式譲渡の場合、譲受企業(買収した企業)が従業員の雇用を継続します。労働条件も引き継がれ、売却前と同条件で雇用されることが多いです。
また事業譲渡の場合は雇用契約を新規で交わし直しますが、ご本人が希望する場合はほとんどが同条件の契約となります。

なかには従業員の離職を防ぐため、雇用契約をキープするのみならず、給与・待遇のベースアップや、福利厚生や人事制度の変更により給料の見直しを行うこともあります。

②キャリア・働き方が大幅に変わる
M&Aを実施後に社員が嫌な思いをし、結果として退職せざるを得ない状況に陥ることもあります。

たとえば「支店や部門の閉鎖」により、転勤を余儀なくされることもあります。M&Aの前には予定しなかったことも、買収した企業の方針によって決まってしまうこともあります。

そのほか、リモート勤務がベースだった働きから出社勤務に変わるといったことなど。

勤務条件や社風、企業文化、社内の労働環境は買収した企業によって変わってしまうことはゼロとは言い切れません。社員にとっては、会社との関わり方を考えるきっかけにもなることでしょう。

M&Aのその後、会社・社員が気になっても「老害化」しないように注意を!

M&A後の会社への関わり方には良くも悪くも様々なパターンがあります。売り手と買い手それぞれの意向と会社の状況次第なので、これが正解!といったことはありません。

最もおすすめかつシンプルなのは、「見守る」ということでしょう。会社や社員のことが気になって仕方ない気持ちになることはあるでしょう。しかし、会社のその後の進退は、M&A契約を合意してお願いした新オーナーの手腕と、従業員の頑張り次第です。

何らかの形で会社と関わり続ける選択を取る場合、気を付けたいのは「名残惜しいから何かしらの形で関わりたい」といったモチベーションや考え方で判断しないことです。

私がお手伝いした事例では、そのような方は1人もおりません。譲渡された方はみなさん、清々しい顔で新たな人生を満喫されておられるようにお見受けします。

心もどこかでは寂しい気持ちがあるのかもしれませんが、そんなことはちっとも話にはでてきません。

むしろ、会社の前を通りかかっても、「もう自分の会社ではないのだし、挨拶しても気を使われるのが嫌だから」と、遠くから見守られておられます。

お茶を飲みにきたと会社を訪れたら、歓迎されるのでは思っておりましたが、確かにその通りです。M&Aで会社を譲渡して引退した前社長が、ふらっと会社に現れる。後継社長や幹部、従業員は温かく迎えてくれることでしょう。

しかし、新体制になっているのだから、万が一、新社長や従業員から相談されても、困ってしまいます。

経営者であれば重々承知でしょうが、特に中小企業は、トップを中心としたシンプルな体制で方向性を統一し、全員一丸となって進んでいくことが非常に重要です。

元オーナーの中途半端な口出しでガバナンスを乱してしまえば、大幅な業績悪化のリスクもあると肝に命じるべきでしょう。

まとめ

会社を売却するときに大切なのは、あくまで自社の売却後の経営を最優先に考えることです。

例えゼロから立ち上げて長年打ち込んできた事業だとしても、M&Aすれば100%他人のものになります。

自分のもの、という意識をきっぱり捨て去り、未練を断ち切らなければいけないのです。

譲渡すると決めたときに、すでにその覚悟はあるかどうかが重要だといえるでしょう。

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著者

小川 潤也

株式会社絆コーポレーション
代表取締役

1975年新潟県新潟市(旧巻町)生まれ。株式会社絆コーポレーション代表取締役社長。大学卒業後、株式会社富士銀行(現・みずほ銀行)入行。法人担当として融資、事業再生、M&Aなどの総合金融サービスを手がける。2004年、医療介護の人材サービスを手がける株式会社ケアスタッフの代表取締役に就任。また銀行勤務時代に培った新規取引先の開拓やM&Aでの経験を生かし、地方都市の後継者不在、事業承継ニーズに応えるべく、株式会社絆コーポレーションを設立。M&Aアドバイザリー事業、スペシャリストの人材紹介事業を展開。著書に『継がない子、残したい親のM&A戦略』(幻冬舎)がある。
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