М&Aの手法としては一般的ですが、本記事では、実際に行うメリットやどのような手続きが必要なのかといった基本を解説しましょう。
「事業譲渡」とは?
会社まるごとではなく、中身の一部を売買する!
「事業譲渡」とは、会社が有する事業の全部、または一部を譲渡することです。
つまり、会社全部を譲り渡すのではなく、会社の持つ事業とその事業に関連した資産とあるいは負債を売買することになります。
譲渡する対象としては、店舗や工場などの土地建物(有形固定資産)や売掛金・在庫商品(流動資産)のほか、買掛金(仕入れ債務など)、経営権(のれん、店舗名)、人材、ノウハウといった無形資産も含まれます。
譲渡する企業も買い取る企業もそれぞれが必要なものだけを売買できるので、中小企業や小規模事業者において一般的なやり方・経営戦略だと言えるでしょう。
ちなみに、かつて商法上で「営業譲渡」と呼ばれていたものが会社法施行により「事業譲渡」なったので、その内容は同じです。
「会社分割」との違いは?
「契約を巻きなおす」か「包括的に承継するか」
「事業譲渡」と似たようなМ&Aの手法に「会社分割」があります。
どちらも会社の一部である事業を切り分ける際に用いる手法ですが、前者が事業ごとに個別に切り出し、それぞれの契約を巻きなおす必要があるのに対し、後者は対象の事業の権利義務や資産、負債を包括的に譲渡するものです。
事業譲渡の場合、雇用契約、取引先との契約などはそれぞれ巻き直す必要がありますが、会社分割の場合は包括的に承継さえるので、契約も引き継がれます。
法律(会社法)上では、会社分割は「組織再編行為」に該当(事情譲渡は「取引法上の契約」)し、「消費税非課税」「一定の条件を満たせば不動産所得税(一定の条件を満たせば)がかからない」「税務上の軽減措置を受けられる」といったメリットがあります。
会社の規模感や分けたい事業の資産や負債、お客様や従業員数によって、「事業譲渡」がいいのか「会社分割」のほうが有効なのか、判断が変わるところでしょう。
事業譲渡のメリットは?
かゆいところに手が届く対応ができる
ここからは、「事業譲渡」のより実務面での内容を掘り下げていきましょう。
まずは事業譲渡を行う利点や、それがもたらす恩恵についてです。
【譲渡企業(売り手側)のメリット】
1.会社の負債が取引の障害になりにくい
事情譲渡では債務や負債等を引き継かずに取引をできるので、会社に負債があったとしても売買を成立させやすいというメリットがあります。
買い手側の企業も簿外債務や不要資産のリスクをマネジメントできるので、双方にメリットがあると言えるでしょう。
2.後継者問題も含め、柔軟な経営戦略を練ることができる
事業の譲渡範囲を細かく決めることができるので、会社の現状に合わせた柔軟な対応が可能です。
たとえば、会社の中核ではない利益性の低い事業だけを売却して経営のスリム化を図るとか、事業の半分を売って経営を再建する、後継者がいないので本事業を譲り渡し、負担の少ない事業だけ残してセミリタイアする、あるいはその後継者として長年続けてきた事業を買い手企業に継続してもらうなど、さまざまな経営計画を模索できるのです。
事業譲渡しても会社は存続して経営を続けられるというのは、大きなメリットになります。
3.対価は会社に入ってくる
中小企業にとって資金調達は大きな問題のひとつだと思います。
自己資金はもちろん、銀行からの融資もそう簡単にいかない状況も多いでしょうが、事業譲渡は対価として通常、現金が会社に入ってきます。
株式譲渡などのほかの方法では現金できなかったり時間がかかったりすることもありますが、キャッシュフローとして計算できる事業譲渡なら、債務の返済、メイン事業の強化、新事業への投資といった対応がスムーズに行えます。
【譲受企業(買い手側)のメリット】
1.対象の範囲を選択できる
売り手側のメリットであげた負債リスクを回避できることにもつながりますが、譲り受けたい事業の範囲を選ぶことができるので、自社にとって必要なものだけをピンポイントで買収できます。もちろん、簿外債務のリスクも回避できます。
2.のれん代は減価償却の対象
事業を譲渡する際、実際の資産価格に加ええ、営業権は将来性や期待感といった付加価値を見込んだ金額で取引されるのが通常です。
「のれん」とは買収価格の中に含まれている、譲渡資産と買収価格の差額です。
その「のれん」は減価償却の対象となり、期間となる5年にわたって償却し、損金としていくため節税効果を生み出します。
事業譲渡のデメリットは?
手続きが煩雑で時間がかかる
ここで、事情譲渡によるデメリットについて触れておきましょう。
こちらも利益と損失の両側から説明します。
【譲渡企業(売り手側)のデメリット】
1.譲渡で得た利益に税金がかかる
事業譲渡によって獲得した収入は「譲渡益」として法人税の課税対象になります。
税率は約34%で、株式譲渡より若干税率が高く、個人株主の株式譲渡(約20%)に比べると税負担はさらに重くなります。
ただし、この取引で生じた利益だけに課税されるのではなく、会社として同一年度内のすべての損益をふまえたうえでの課税になりますので、別で同規模の損金があれば税負担が生じないこともあります。
2.債務が残る
買い手側とは逆に、債務を引き継がなかった場合は譲渡する企業に債務が残ることになります。主に金融機関からの借入金となりますが、譲渡対価で返済するようなスキームができればベストです。
【譲受企業(買い手側)のデメリット】
1.事業譲渡は手間がかかる
以上、事業譲渡における売り手・買い手の両局面からデメリットについて説明してきましたが、じつは両者ともに当てはまる厄介なポイントが存在します。
それは、「手続きに手間と時間がかかる」という点。
譲渡の内容を事細かに決定できる利点は、コインの裏表のように、したがって個別に手続きが必要になり、労力とある程度の期間が必要になるのです。
たとえば雇用契約や賃貸契約、業務取引先との契約、許認可の再取得など、対象に関わるすべての事柄について手続きしなくてはなりません。
また、契約相手が納得、了承しない場合はそこでまたそれぞれに協議が行われたり、条件を見直したりと新たな業務が発生する可能性もあります。
さらに同意を得られないとなると、事業譲渡の取引自体が消滅する場合もあるでしょう。
このように、事業譲渡をしたくても経営者や首脳陣だけで取引を完了できない事態が発生するリスクも否定できません。
また、「のれん(資産調整勘定)」による減価償却で節税ができるメリットをお伝えしましたが、その一方で事業譲渡の取引を対象とした価格費用(土地や有価証券などの非課税資産を除く)に消費税が発生します。
支払い時は、消費税額を加えた金額を渡す必要があります。
事業譲渡の理由や目的に適したケースは?
売り手は経営展望、買い手はリスクヘッジ
事業譲渡の理由として代表的な例は、事業の継承、組織の再編・経営再建、事業の拡大といったものでしょう。
個別に事業を切り売りできるので、選択と集中によって経営の安定・強化を狙えるわけです。
たとえば、多角経営を目指して事業を広げたものの手に負えなくなったので本来の企業規模に戻したい、あるいは、会社再生のために好調な事業を売却してそれを資金に債務を整理する、などです。
これは譲渡する側の企業の話ですが、買い手側は企業価値を高めることが究極的な目標で、事業の拡大や新規事業の進出、人材や技術・ノウハウの獲得を目的に事業譲渡を選択します。
新たな事業に新規参入する場合、買い手側は準備ゼロでそのまま受け継ぐことが可能となり、コストやリスクを軽減できます。
では、事業譲渡に適したケースとはどのようなものなのか? 当社の経験をふまえると、譲渡する企業の場合、経営権や独立性を自社に残したまま事業を継続したい場合は事情譲渡が有効です。
必要な資産を残したり、メイン事業の技術やノウハウを手放すことなく会社を存続させることができるなど、自由に設計できる事業譲渡のメリットを活かすことができるでしょう。
一方の譲受企業は、必要なものだけを買収したい場合に実用性を発揮します。
まるごと会社を買い取る際に発生する細かな見えにくいリスク、特に簿外債務を回避できることは重要なポイントのひとつです。
事業譲渡全体の流れと必要な手続きは?
完了までには手間と時間がかかる
ここで、実際に事業譲渡の全体的な流れや必要な手続きを見ていきましょう。
大まかには準備→交渉→契約という段階を踏みますが、それぞれに細かなやり取りや手続きが発生するので、順を追って説明します。
1.事業譲渡の検討や準備
まず、譲渡する企業(以下売り手側)がさまざまな理由により事業譲渡の検討をすることから始まります。
現状を把握し、何を残して何を売るのか、自社の強み、事業を受け継ぐメリットなど市場価値を分析し、どのくらいで売却するのかの価格設定も必要です。
譲り受けるほうの企業(以下買い手側)は、事業規模の拡大や新規事業参入などを目的に、条件に合う良い企業が存在するかどうか各所にアンテナを張っているような状況です。
基本的に受け身になることが多いと思いますが、決算書(三期分)の用意などできる準備もあります。
2.買い手探し
次に、売り手側は事業の譲渡先を探し、交渉を行います。
この業務はM&A仲介会社や金融機関のM&A部門などに委託することが一般的です。
売り手側は、事業の概要、売上、従業員数、取引先などを匿名の状態でまとめた資料(ノンネムノート)を買い手側に開示し、買い手側の関心をうかがいます。
一方の買い手側は「ロングリスト」なる買収企業の候補リストを作成し、上位から順に可能性や効果を検討していきます。
3.交渉
売り手と買い手のノンネーム上で思惑が一致し、お互いが事業譲渡に前向きだとなれば、さらに具体的な情報をやり取りしながら具体的な交渉が始まります。
この際、機密情報が漏れないよう「秘密保持契約」が結ばれます。
相手の詳細な情報を開示された買い手側は、より現実的な検討を行うべく社内で協議します。
こうして事業譲渡の実現性が高まれば、経営者同士の面談など重要な局面に入ります。
譲り受ける事業、その範囲、資産、買収価格といった実務的なものから経営者の人となり、理念、パートナーとしての相性など、関係性の面からの検討も行うこともあるでしょう。
4.基本合意
こうした確認や交渉を経て、大筋で条件の合意に達すれば書面によって内容をまとめます。
この書類を「基本合意書」といい、条件面の確認や独占的交渉権の付与、デューディリジェンスの実施など、今後の進行やスケジュールについての取り決めが締結されます。
ただ、この基本合意書の締結は、現時点で合意した内容を確認し、お互いそれを認めたという意味合いのもので法的拘束力は持たせないことが一般的です。
したがって、基本合意書締結には至ったものの最終的に破談することもありえます。
しかし、基本合意書のなかでも独占的交渉権については例外的に法的な有効性が発揮され、売り手側がほかの買い手と交渉すると損害賠償や違約金を請求される可能性があります。
売り手側が複数の譲渡企業候補と並行して交渉したい場合は、基本合意を締結しないことが重要です。
5.買収監査の実施
基本合意に達したあと、買い手側は「買収監査(デューディリジェンス)」を実施します。これは売り手企業の実態調査で、これまでに提示された情報だけではわからない会社の内部を把握し、正確な企業価値や潜んでいるリスクについて調べるものになります。
弁護士、公認会計士、税理士などの専門家による財務、法務、税務、労務を中心に細かく確認しますし、売り手側は求められた資料の提出などに関し積極的に応じる必要があります。
6.取締役会による決議
こうして監査を経て最終的な事業譲渡価格が確定すれば、契約の最終局面です。
事業譲渡契約書を作成し、それぞれの企業で取締役会を開催し、決議において承認が得られれば契約の締結となります。
取締役会を設置していない企業でも取締役が2人以上いる場合は過半数の承認が必要になります。
7.事業譲渡契約の締結
「事業譲渡契約」の締結によって、最終的な合意となります。
記載内容に関して法律上の取り決めはなく、定型の書面はありませんが、一般的には以下のような内容が記載されます。
【事業譲渡契約の主な記載内容】
・譲渡の内容
・資産価値
・譲渡日
・引き渡し時期
・対価
・支払い方法
・財産の移転手続き
・許認可関連事項
・秘密保持
・競業避止義務等
・従業員の引き継ぎ等
・協議事項
内容が法律で定められていないとはいえ、書面の内容には法的拘束力がありますので、弁護士などの法務専門家に入念なチェックを依頼するべきでしょう。
その意味においては、事業譲渡契約書のひな形書類をインターネットなどで気軽にダウンロードするのは危険が伴います。
専門家と一緒に相談しながら作成し、無用なトラブルは避けましょう。
8.クロージング
事業譲渡契約の締結をもって契約交渉は終了しますが、事業譲渡を完全に終えるには、各所への届けでなど、このあともさまざまな手続きが残っています。
株式会社であれば「株主総会での承認」があります。
ここで重要なのが、「財産の名義変更」「許認可手続き」「雇用の引き継ぎ」といった項目で手続きが必要になります。これらはクロージング日(譲渡日)に完了させる必要があります。
契約締結から事業譲渡完了では1か月から3ヵ月程度の時間が必要な場合が多いです。規模や状況によってさまざまですので、準備を早めに行う、スケジュールの見積もりを綿密に設定するなど計画的に進めていくことが大切です。
事業譲渡にかかる費用は?
価格基準はバリエーション+のれんで算出
では、実際に事業譲渡にはどれくらいの費用がかかるのか? これはケースバイケースなので具体的な金額を提示することはできません。
ただ、価格の基準として多くの場合、「企業価値評価」を参考にします。
この企業価値評価は、専門用語で「バリエーション」と呼ばれており、インカムアプローチ・コストアプローチ・マーケットアプローチという大きく3つの方法で導かれます。
事業譲渡においては、2番目のコストアプローチによる会社の純資産を基準とする企業価値評価方法が中小企業のМ&Aで採用されることが多いでしょう。
そのなかでも特に「時価純資産法」がよく使われており、譲渡企業の資産・負債を時価に直したうえで、時価換算した資産合計から時価換算した負債合計をひいた額を算出します。
ただ、この手法では無形資産(のれん)を加味しない形になるので、これをプラスして算出する方法が一般的です。
やり方がわかったとはいえ、知識の乏しい人間が算出しても信憑性が薄いので、専門家に依頼したほうが現実的です。
公認会計士やМ&A仲介企業に相談し、だいたいの費用の規模感を把握してください。
事業譲渡を行ううえでの注意点は?
落とし穴に気をつけよう
以上、事業譲渡について説明を行ってきましたが、最後に事業譲渡を行ううえでの注意点を確認したいと思います。
●表明保証
これまで企業間の契約では、たとえば「代金を支払う」「権利を譲渡する」「違反してはならない」行為に対しての規定が主でしたが、最近では情報や内容の真偽、正確さにおいても責任が問われるようになっています。
「提出したデータに誤りがあった」「帳簿の内容に不備ある」など、事業譲渡の前提となる事実に信憑性がないと損賠賠償などの責任を課せられることにつながります。
したがって、表明保証条項があれば「一定の事実が真実かつ正確であることを表明し、保証する」ものとして対応しなければなりません。
●競業避止義務
事業を譲渡した企業(売り手側)には、譲渡した事業について、同一および隣接する市町村内では同じ事業を20年間行うことができないという制約が生じます。
これは会社法の21条によって規定されている義務(競業避止)なので、順守しなければなりません。
仮に事業譲渡したあとで、経営が芳しくないから元のメイン事業で立て直しを図りたいとなったとしても覆水は盆に返りません。
そのあたりは覚悟を持って取引を遂行してください。
まとめ
事業譲渡は未来をつなぐ架け橋
「事業譲渡」は、М&Aのなかでも株式譲渡と同様によく使われている方法です。
状況に応じた柔軟な対応が可能なので売り手にも買い手にもメリットを出せるやり方といえるでしょう。
今回の記事を参考に、メリットや将来性、コストやリスクを相対的に判断しながら事業譲渡の成功を目指してください。

小川 潤也
株式会社絆コーポレーション
代表取締役
